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「写真、撮ってるの?」
 一人でふらりと川沿いまで歩き、桜にカメラを向けていた時、ふいに後ろから声をかけられた。
 明るいパステルピンクのワンピースを着た女の子が、興味深そうに俺の手の中のカメラを見つめていた。
「おんなじクラスの、桐原くん、だよね?」
「……中屋、さん」
 声をかけたものの自信がなかったのか、彼女はよかった、と少しほっとしたように笑った。
 彼女のほうはうちの高校の有名人だった。入学式の時に、美人のしかも双子がいる、と男子の中でかなり騒がれていた。しっかりもののクールな姉と、ふわっとした少し天然気味の妹は、雰囲気は違えど造作はほとんど一緒で、見た目では微妙な髪の長さの違いでしか判別できない。
 同じクラスということは、これは妹の方だろうか。
「後ろから見てて、なんか見たことある人だなあって思ったの。ね、それすごいね、自分のなの?」
 コンパクトなデジタルカメラはだいぶん普及したけれど、こんなでかい一眼レフは、普通の高校生はあまり目にすることはないだろう。しかもかなりの年代物。
「元は親父のだけど。貰ったんだ」
 貰った、というか遺された、というか。彼女がどれだけ俺の家庭の事情を知っているかはわからないけれど、自分からいちいち説明するものでもない。
「そうなんだ。かっこいいね、すごい本格的」
 すごい、すごいと連発しながら、カメラを眺めまわし、持ってみたい、と言い出した。
「いいけど」
 落とすなよ、とカメラを渡すと、恐る恐るという感じで両手で受け取った。
「けっこう重いんだね。すごーい」
 楽しそうにカメラをひっくり返したり、撫で回したりしている。
 ……よくこんなに楽しそうにできるな。
 人付き合いがそんなに得意じゃない俺には、同じクラスだというだけでほとんど話したこともない人間に、にこにこ話しかけてくる気持ちが理解できない。微妙な知り合いの姿を見かけたら即立ち去るし、正直今も居心地が悪かった。だけど彼女はそんな俺のことなどお構いなしで、カメラに夢中だ。あろうことか、撮ってみたい、と言い出した。
「いいけど、どんなのが撮れたかなんて、現像しないと見れないよ?」
 フィルムのカメラはデジカメと違って、その場で画面を見て確認なんてことはできない。しかも古ぼけたこいつは扱い方も難しくて、慣れない人が撮ったったら確実にボケるかブレるかして何を撮ったかわからなくなる。俺も始めの頃はずっとそんな感じで、必死で勉強して練習して、やっとちゃんと撮れるようになったのだ。
「いいよ、出来上がるまで楽しみに待ってる」
 ということは、現像して持って来い、ってことか?
「ねえ、どうすればいいの?」
 まあ、いいか、と簡単に思った。珍しいおもちゃで遊んでみたいだけだろう。写真のことなんてすぐ忘れるだろうし、とりあえずシャッターを押せば写真は撮れる。
「ここ、覗いて。シャッターはこれ。押せばいいから」
 面倒な説明は全部省いた。どうせ理解できるとも思えない。
 そんな適当な説明に気づかず、彼女は真剣な顔でカメラを構えると、桜の花に向かってファインダーを覗き込む。えい、という掛け声付きでシャッターを押した。
「これで撮れた?」
 撮れた。なにかしら物体は写ってるだろう。頷いてみせると、ありがとう、と嬉しそうに笑ってカメラを寄こす。 
「桐原君の家、ここの近所なの?」
「近くもないけど」
「そうなの? うちは近くなの。毎年ここの桜、咲くの楽しみにしてるんだ。家族みんなでお花見するの。理恵と二人で来たりするんだよ。あ、理恵、わかる? 三組の」
 彼女は一人で楽しそうに話し続けた。俺の愛想のかけらもない返事なんて、一向に気にしていないようだった。天然、って噂、本当なんだな、と勝手に納得する。
「明日、雨らしいから、もう全部散っちゃうなあって思って見納めに来たの。満開の時もいいけど、このくらいの散り際も綺麗だよね、ふわーって花びらが風に舞って」
 しゅんとしたりうっとりしたり、くるくる表情が変わる。