高校の時にバイトしていた写真館の店主の息子が沢木さんだ。当時東京のスタジオでバリバリ活躍していた沢木さんの口利きで、俺も卒業後にそこで使ってもらうことができた。
「東京にいたんですか?」
「うん。二年くらいしかいなかったけど」
 東京へ行って、ニューヨークへ行って。我ながら贅沢な経験をさせてもらってるな、と思う。全部沢木さんのおかげで、だからいつまでたってもあの人には頭があがらない。
「なんだか羨ましいです。幸せですね、自分の好きなことを思い切りやれるって」
 それは本当にその通りだと思う。選びようがないまま流されることもあったけど、その時々で導いてくれる人がいて、いまこうやって自由にやらせてもらえている。自分は幸運だ。
「日南子ちゃんだって、今やりたいこと好きなだけやればいい。先のことなんて、案外どうとでもなるよ。いつか後悔しないように」
 何かを永遠に失ったあと、それに対して悔やんだって、取り返しはつかないから。
「はい」
 素直に頷く彼女は、例えなにか困難にぶつかったとしても、きっと真っ直ぐに向かっていくんだろう。
 ここです、と彼女が指し示したアパートは、事務所から本当に近くて、ゆっくり歩いてきたけれど十分もかからなかった。今日コンビニで出会ったのがすごい偶然だと思っていたけど、案外ほかにもすれ違ったりしていたのかもしれない。
「送っていただいてありがとうございました」
 丁寧に頭を下げる彼女に、じゃあね、と手を振り踵を返すと、あの、と呼び止められた。
 真剣な目でこちらを見ている。
「また、写真見に行ってもいいですか?」
 どう返事をするか一瞬迷った。これ以上、彼女に関わるのは怖いような気がする。だけどそれと同じくらい、また会いたい気もする。
「いいよ。いつもいるわけじゃないから、来ても留守かもしれないけど」
「いなかったら、何回でも出直します」
 真っ直ぐに見返してくる、その目に、射抜かれる。
「……待ってる」
 その目から逃れるように、今度こそ振り返ることなく歩き出した。彼女の視線が追って来るのを感じながら、自然と早足になった。
 あの目で真っ直ぐぶつかってこられたら、俺はどうするだろう。何度も何度も、躱し続けることはできるんだろうか。もし、躱しきれなかったら? あの目に、捕らわれてしまったら?
 想像しかけて、早々にやめた。
 考えるだけ無駄だ。どうなるかなんてわかりたくもない。
 もう二度と、誰かの人生に深く関わることなんて、したくなかった。