「あの子みたいに誰からも愛されるように、って。これからちゃんと、守っていかなくちゃ」
 そう言って俺から優也を抱きとる理恵の顔は、覚悟を決めた、強い母親の顔だった。理恵の中にもきっとあったであろう罪悪感を、この子を産むことによって乗り越えたんだろう。
 それぞれの時間が、動き出す。自ら止めてしまっていた想いを、未来への希望に変えて。
 それからお茶を入れたおばさんとおじさんもソファに移動してきて、しばらく優也を囲んで優衣の思い出話をした。誰もみんな穏やかな顔をしていて、悲しみや後悔といった後ろ向きな感情は、そこには存在しなかった。
 帰り際、またいつでも遊びに来てね、と言ってくれたおばさんの目が死んだ母親の目を思い出させて、思わず涙ぐみそうになったのを、理恵に気づかれないように必死だった。

 そして今日、日南子ちゃんを連れて、優衣が眠る墓にやってきた。
 場所自体は、ずっと前に理恵から聞いて知っていた。それでも俺は一度も訪れていなかった。行こうと思ったことは何回もあったけど、その度に行けない理由を探して、ずっと先延ばしにしていた。今考えれば、優衣の死をきちんと納得していないのにここに近づくのが嫌だったんだと思う。
 ようやくここに、花を手向ける決心が着いた。十年経って、やっと。
 優衣の墓参りに行ってくる、と日南子ちゃんに話したとき、一緒に行きたい、と言いだしたのは彼女の方だった。私も優衣さんに挨拶がしたいです、と笑って言った。
 初めて訪れたそこは、少し高台にあって、駐車場に車を止めるとすぐに長い階段があった。両脇に木々が生い茂って、濃い影を落としている。上に近づくたびに、だんだん空気が変わっていくような気がした。少し後ろからついてくる彼女が、木々の間から目を細めて眼下に広がる景色を見ている。車を降りてから、彼女はずっと口を開かなかった。俺を気遣ってあえて話さないでいてくれるのがわかる。
 管理事務所に寄って、手桶と柄杓を借りる。水を汲んで理恵に教えられた通りに墓地を進んだ。墓地の周りには桜の木が植えられていて、中でも一際大きな木のすぐ下に、中屋家之墓、という文字が見えてきた。
 一ヶ月前の命日におじさんたちが訪れたのだろう、墓はきれいに掃除されていた。水をかけて、ろうそくと線香に火を付ける。隣で日南子ちゃんが持っていた花を花立てに飾っていた。