「日南子ちゃんが前、お母さんが亡くなった時のことを話してくれたのを覚えてる? ずっと悲しめなくて、でも俺の写真を見ていきなり涙が出てきた、って」
 覚えてるに決まってる。あの時にはっきりと、桐原さんの心に近づきたいと思ったのだから。
「それと同じような感じだと思うんだけど、理恵と、赤ん坊と、沢木さんが並んでいるのを見た時に、俺も涙が止まらなくなって」
 涙。ずっと出ない、って言ってたのに。
 桐原さんは、一つ一つ言葉を選ぶように続ける。
「優衣が死んだことなんて、もうずっと昔に吹っ切ってたつもりだった。けど、きっときちんと納得できないままだったんだと思う。今まで、喪失感、というか、体の一部が持ってかれたような痛さ、っていうのは感じたことはあった。でも、悲しい、って思ったことは、実は一回もなかったのかな、って気が付いて」
 その気持ちは少しわかるような気がした。お母さんが死んですぐ、桐原さんの写真を見る前に感じていたぼんやりとした感覚が、優衣さんが死んでからずっと続いてたってことなんだろう。
「ずっと、優衣は俺のせいで死んだと思ってた」
 そう語る声はあまりにも苦しそうで。
「無意識に自分を責め続けてたんだと思う。優衣の死を悲しむ資格なんて俺にはない、優衣は俺といたから幸せになれなかったんだって。優衣のことも自分の心の中もずっと考えないように逃げ続けて、そのうちそれを吹っ切ったんだと思い込んだ。逃げてる自覚はあったけど、優衣の死を受け入れられてない自覚はなかった。だから今の今まで、悲しんでやることすらできてなかった」
 彼は今、どんな顔で話してるんだろう。隣に寄り添ってあげたいのに、今更出ていく勇気が出ない。
「俺が本当に囚われてたのは、優衣の死や優衣自身じゃなくて、優衣を幸せにできなかったっていう罪悪感なんだと思う。特定の誰かを作りたくなかったのはきっとそのせい。また自分のせいでその人を不幸にしてしまうんじゃないかって怖かった」
 そこで言葉を切ると、少し間を置いて、自嘲するように言った。
「ううん、違うかな。誰かをまた不幸にした、その事実で自分が傷つくのが怖かった」