もう止まってしまっている噴水の石枠に腰掛けて、ぼんやりと考える。桐原さんに会って、一体何を話すべきなんだろう。もう待たない、会ったりもしないから、と伝えれば、少しは安心してくれるだろうか。
 あんまり気に病まないで欲しいな、と思う。私を傷つけたと、負い目みたいなものを感じているのだとしたら、それはとても悲しい。
 三月の夜の空気はまだまだ寒くて、酔っ払って楽しかった気持ちが、体温とともにどんどん下がっていく気がする。話がしたいなんて、一体なにを言われるんだろう。今までごめんね、なんて言葉は本当に聞きたくない。思考回路がマイナスのループに囚われ始めて、だんだん逃げたくなってきた。
 携帯の画面を見ると、十時十分を示していた。電話がかかってきたのが十時ちょっと前……ここで逃げ帰ったら、愛香に怒られるだろうか。
 でももう待ってる時間がしんどい。会いたいと思う気持ちよりも、会いたくない気持ちの方が大きくなってきた気がする。なんで振られるためにこんな思いをして待ってなければならないんだろう。
 そんなことをずっと考えていたから、足音が近づいてきて桐原さんの姿が見えた時、咄嗟に立ち上がって本当に逃げてしまった。
「え、ちょ、日南子ちゃん?」
 逃げられるなんて思っていなかっただろう桐原さんの足音が急に早くなる。私はそっちを振り向けずに、噴水の向こう、オブジェの裏側に回って、隠れるように座り込む。
 近づいてきた足音は、ちょうどオブジェを挟んで反対側で止まった。
「俺の顔なんて見たくないんなら、そのままでいいから聞いて」
 電話越しじゃない、久しぶりに聞く穏やかな声に、また好きな気持ちが込み上げる。ああもう、拒絶するくせにそんな優しい声で話さないで。
「さっき、理恵の子供が産まれたよ」
「え?」
 予想していなかった内容に思わず大きな声が出る。
「偶然破水した時に一緒にいて、病院に連れてったんだ。男の子だって。すっげーでかい声で泣いてた」
 そうか、桐原さんも赤ちゃんに会えたんだ。無事に産まれてきて本当によかった。
 でも、その事を伝えにわざわざ来たの?
 桐原さんは考えるように一度黙り、それからまた、言葉を選ぶようにゆっくりと話しだした。