今更、そんな言葉はいらない。もう会わないって決めたばかりなのに、声なんて聞きたくない。
 そんな私の思いとは裏腹に、また手の中で携帯が震えだした。表示はまた桐原さんで、途切れない着信に、すがるようにリサさんを見ると、険しい顔で、貸して、と私の手から携帯を取り上げた。躊躇いなく通話ボタンをタップする。
『あ、日南子ちゃん? ごめん、急に』
 私にも聞こえるようにリサさんが顔を近づけてくる。
「違うよ。リサ」
『え? リサちゃん?』
 電話の向こうから戸惑った声が聞こえてきた。
 久しぶりに聞く桐原さんの声。ダメだ、それだけで心臓がぎゅっとなる。
「ヒナちゃんが出たくないって言うから代わりに出た。何の用?」
 束の間考えるように間が空いた後、桐原さんが答える。
『日南子ちゃん、そこにいる?』
「いるよ」
『じゃあ伝えて。どうしても会って話がしたいって』
「今から?」
『そう』
「……ちょっと待って」
 リサさんが携帯をおろして、私の顔をじっと見る。
「ヒナちゃん、聞こえたよね? ガクさんが会いたいって」
 私は必死で首を横に振る。声を聞くだけでこんな気持ちになるのに、顔なんて見たらまた決心が鈍ってしまう。
「ほんとにいいの?」
 こくこく、と何度も頷く。私はもう、会わないって決めたんだ。私の気が変わってしまわないうちに、早くその凶器のような声を消して。
 そんな私に向かって、愛香が静かに言った。
「ヒナ。会ってきな」
 ばっと顔を上げて愛香を見る。私の気持ちは誰よりもわかっているはずなのに、なんでそんなこと言うの?
「会いたい、って言ってたじゃん。あんたまだ、あの人ときちんと話してないでしょ?」
 確かにあの時感情のまま言葉をぶつけたきりだった。あの直後はもう一度冷静に話がしたい、って思ってたけど。
「もう会えないよ」
「でも、今会わなかったら、もう話す機会なんてないかもしれないんだよ?」
 諭すように言われるけど、私はいやいやと子供みたいに首を振る。だって、会ったって何を話していいかわからない。
 そんな私たちのやりとりを黙って見ていたリサさんが、静かに携帯を耳に当てた。