はあー、と長く息を吐いて、沢木さんが背もたれに倒れこむ。
「おめでとうございます」
「おー。長かったな、おい」
 気が抜けたように呟いたその顔がなんだかおかしくて、つい笑ってしまった。沢木さんもつられるように笑い出して、役立たずの男二人で、理恵の健闘を称え合う。
 看護師が出てきて、しばらくしたら理恵と子供にも会えると教えてくれた。俺は子供が無事産まれたらすぐ帰ろうと思っていたけれど、沢木さんに引き止められた。
「お前、ここまでいてまさか理恵に会わずに帰る気じゃねえだろうな?」
「でも俺、家族でもなんでもないですし」
 病院の規則的にもどうなのかと思ったけど、沢木さんは頓着しない。
「理恵が家族だって言ったら家族なんだよ。ちゃんと赤ん坊の顔を見てけ」
 そう言って沢木さんがおじさんに電話を掛けに行き、しばらく一人で取り残される。
 さっきの沢木さんと同じように脱力して椅子にもたれかかり、しばらくそのままでぼんやり宙を見つめた。
 理恵の子供か、と思う。遺伝子的には優衣の子供と変わらない。どんな風に成長していくのだろうか、とふと思って、気が早すぎるかと笑う。
 ーーあの時失った子供とは、全く違う子だ。
 沢木さんが戻ってくるのにちょうど合わせるように、看護師が呼びに来た。中に入っていく沢木さんの後ろで、やはり部外者の俺は、本当に入っていっていいのだろうかと迷う。 
 部屋の前で立ち止まった俺を、看護師が不思議そうに見る。
「入らないんですか?」
「いや、やっぱり俺は……」
 遠慮しときます、と言って離れようとする俺の手を、中から呆れ顔で戻ってきた沢木さんに掴まれた。
「往生際が悪いぞお前。理恵が呼んでる」
 そのまま部屋の中に引っ張り込まれる。中には赤ん坊と並んで横たわっている理恵と、その後ろでその顔を覗き込んでいるおばさんの姿があった。
 俺の手を離して理恵に近づいた沢木さんが、見たこともない優しい顔で、理恵の頭をそっと撫でた。
「よく頑張ったな」
 理恵はふふ、と心から幸せそうな笑みを浮かべた。
 優衣と同じ顔をした理恵が、赤ん坊を見て笑っている。その隣に立って穏やかに見守っているのは、当然だけど俺じゃなくて。
 十年前、広がっているはずだった光景が、そこにはあった。でも、実現しなかった、優衣とともに失われた光景。