おばさんがなんやかやと世話を焼き、沢木さんがずっと理恵の腰なり背中なりをさすっていて、おじさんは黙って座っている。この光景の中で、俺ひとり完全に異分子で、いたたまれない気持ちになって部屋を出た。適当に歩いて自販機が並ぶ休憩室へと逃げる。
 あの二人にとって、俺は大切な娘を死なせた憎い相手なはずではないのか。なんであえて、ここにいろ、なんて引き止めるんだろう。
 なんとか落ち着こうと、壁にもたれかかって目を閉じる。しばらくそうしていると、休憩室のドアが開いた。ばっと顔をあげると、おじさんが立っていた。
「あ……」
 咄嗟に言葉が出てこない。何を言えばいいのかなんていくら考えてもわからなくて、ずっと無言のままでいると、おじさんは缶コーヒーを二つ買って、一つを俺に渡してくれた。
「ありがとうございます」
 ブラックだったけど飲まないわけにいかない。口を付けて、苦さに顔をしかめそうになるのを必死でこらえる。その苦さが、逆に冷静さを与えてくれるような気がした。
「あの。すみません」
「何がだ?」
 おじさんは俺に背を向けてベンチに座っていた。
「二度と理恵に会うな、と言われていたのに、一緒に仕事するような立場になってしまって」
 仕事どころかプライベートだって会っている。旦那に至っては俺の先輩だ。
「狙って近づいたのか?」
「いえ、打ち合わせで会うまで知らなかったんですけど」
「なら不可抗力だろう」
 おじさんの話し方は、昔も今も怒り以外の感情がわかりにくい。淡々としていて、それが本心で言っているのかどうかが読めない。
 またしばらく沈黙が続いて、お互いコーヒーを啜る音だけが響く。窓の外はもうすっかり日が落ちきって真っ暗になっていた。
 目線を床に落としたまま、おもむろにおじさんが口を開く。
「君は、結婚は?」
「まだです」
「予定は?」
「ありません」
 なんでそんなことを聞くんだろう。優衣を死なせておいて、俺だけ幸せになるなんて許さない、とでも言いたいのだろうか。
 ようやく非難されるのかとどこか安堵していると、おじさんはふっと力を抜くように息を吐いた。
「家内がずっと心配していた。君が、ずっと自分を責めているんじゃないかと」
「は……?」
 今度こそ言っている意味についていけなかった。わけがわからない。おばさんが俺のことを、憎むのではなく心配するなんて、そんなのありえるのだろうか。
「昔、私が君に投げつけた言葉が君の人生を狭めているのではないだろうかと、ずっと気に病んでいた」
 昔投げつけられた言葉、って。
「君のせいで優衣は死んだと言ったことだ」
 十年前の記憶が蘇る。俺がいなければこんなことにはならなかったと、怒りに震える声で言われたことを。
「葬儀も全て君の意向を無視したし、もっとひどいことも言った。君は優衣を幸せにすることができなかった、と」
 おじさんが自嘲気味に言った。初めて、怒り以外の感情が見え隠れしているのに気付く。
「それは、その通りなので」