陣痛室、と書いた部屋に案内されると、いつの間にか着替えて点滴に繋げられた理恵が寝ていた。ベッドの横の椅子に座ると、見た目には特に痛がっていなさそうな様子で俺を見上げる。
「あら、まだいたの?」
 なんて冷たい言い草だ、と思う。
「お前一人置いて帰れないだろ」
 ふてくされたように言う俺に、ごめんごめん、と理恵が笑った。
「本当は帰りたいんでしょうけど、正直一人は心細かったから、いてくれて助かるわ」
「沢木さんが来るまではいてやるよ」
 俺に気を遣わせないようにと思ったんだろうけど、本音は誰でもいいからいて欲しいんだろう。俺の言葉に、少しほっとしたようだった。
「なんかあんまり痛そうに見えないんだけど」
「ずっと痛いわけじゃなくて、間隔を置いて痛くなるんだけど……あー、また来た」
 理恵が顔を歪めて、低い声で唸る。体を起こそうとするので手を貸すと、ありがと、と素直に体を委ねてきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫……じゃない……」
 さっき看護師がしていたように背中をさすってやると、少し楽なのか息を吐いて目を細める。しばらくそうしていると落ち着いたのか、喉が渇いたというので、カバンの中からペットボトルを出して渡してやる。
 それからはずっとそんな感じで、時間を置いて呻き続ける理恵をひたすら励ましていた。どんどん痛みが強くなっていくようで、汗を滲ませて苦しむ理恵を、ただ見ているしかできない。こういう時に男なんて役立たずだと、つくづく思う。
 沢木さんはまだ来ない。理恵が検査に連れて行かれた時に電話してみたけれど、全く繋がらなかった。少し時間を気にし始めた俺に、痛みが落ち着いているらしい理恵が言った。
「もういいわよ、帰って。私なら一人で大丈夫」
「いや、でも」
 こんな状態の理恵を一人残していくなんてできない。さっきよりも苦しそうだし、帰ってからも気になって仕方がないと思う。
 だけど。
「そろそろお母さんたち来ちゃうから」
 理恵が笑ってみせる。俺の考えてることなんてお見通しなんだろう。
 二人で出かけたと言っていたから、きっとお父さんも来るだろう。正直、顔を合わせる勇気はなかった。
 ついていてやりたい気持ちと、この場を立ち去りたい気持ちに挟まれて迷っていると、また理恵が苦しみ出す。
「痛……」
 思い切り眉間に皺を寄せて、浅い呼吸を繰り返す。また痛みが強くなったようで、汗が浮かぶ額を、タオルで拭ってやる。だめだ、やっぱり置いていけない。
 沢木さんはいったい何してるんだ、とイライラしながら、視線がドアに向かう。すると、俺の苛立ちが伝わったのか、ドアが開いて沢木さんの大きな影が見えた。
 やっと来た。
 安心して理恵と顔を見合わせる。理恵もほっとしたように少し笑みを浮かべて、俺に頷いた。遅いと文句の一つでも言ってやろう、と立ち上がりかけると、俺の姿に気づいた沢木さんが、マズイ、と険しい表情をする。
 なんだ……?
 そんな顔をされる理由がわからず不思議に思った瞬間、その理由が沢木さんの影から現れた。
 理恵のお父さんが、沢木さんの後ろに立っていた。