あの日優衣が立っていた場所に、理恵を導く。おとなしく従った理恵は、楽しそうに言った。
「ここ、どんな思い出があるの?」
 カメラを向けながら理恵の問いに答える。
「二人で東京に戻る時に寄り道したんだ。優衣に写真撮ってって言われたんだけど、カメラを持ってなくて。そしたら、子供と三人でまた来よう、その時に撮って、って」
 膨らんだお腹に手を当てながら、理恵が愛しげに目を細める。
「ふーん。じゃあ、やっぱり優衣の代わりね。私で約束守れたじゃない」
 ゆっくりと歩き出した理恵の姿に、あの頃の優衣が重なる。シャッターを切りながら、記憶の中の優衣が蘇ってくる。
「あの頃、すごくきれいだったわよね、優衣」
 川面に反射する光が、理恵の周りをキラキラ彩る。
「今のお前も、同じような顔してるよ」
「そお? ありがと」
 自分の体の中に愛するものが宿っている感覚は、男の俺には一生わからないけれど、子供を宿した女性はみんな似たような雰囲気を持っていると思う。強さと優しさを兼ね備えた、凛としているのに柔らかな、美しさ。
「私今、すっごく幸せなの」
 歩みを止めた理恵が、俺を振り返って微笑む。
「だから、あの時の優衣が今の私と同じ顔をしてたんだったら、あの子の気持ち、すごく良くわかる」
 微笑んだ顔が少し歪んで、泣くのをこらえるような表情になった。
「優衣もすっごく幸せだったんだと思うわ」
 理恵の目が柔らかな光を宿して、俺を見ていた。
 ーーそれを、伝えたかったのか。
 あの時の優衣と同じ立場だからこそ、わかること。それを俺に伝えるために、強引にこんなところに連れ出したのだと、やっとわかった。
「そうかな」
「そうよ。絶対。幸せじゃなかったら、あんなきれいな笑顔、できっこないわ」
 思い返せば、記憶の中の優衣は最後まで笑っていた。死に顔でさえ穏やかで、今にも微笑みだしそうで。
「あなたといて、幸せだったのよ、優衣は」
 まるで子供に言い聞かせるように、理恵は同じことを繰り返した。心の中にかけられた鍵を、一つずつ外していくかのように。
「ありがとう」
 俺の言葉に、理恵がふわりと微笑んだ。