理恵と約束した日は、有難いことに朝からきれいに晴れていた。午前中に仕事を終えてすぐに理恵に連絡すると、実家まで迎えに来い、と言う。どうやら前の晩から実家に泊まっていたらしい。
「ご両親は?」
『いないわよ。今日は二人で出かけてて、夜まで戻ってこない』
 理恵の実家、と聞いて思わず怯んだ俺に、当たり前のように理恵が答える。
 あの時、二度と理恵には会うな、と言われていたのに、今では一緒に仕事をしていることを、理恵のお父さんはどう思っているんだろう。ニューヨークから帰って来る時は、理恵が雑誌の編集になっていたなんて知らなかった。
 複雑な思いを抱えながら、理恵の実家へと向かう。近くを通ることはあるけれど、家まで行くのは十年ぶりだった。
 理恵は俺が着く前から外に出て待っていて、俺の車を見つけると手を振った。寄せて止めると、遅い、と文句をつけながら助手席の扉を開ける。
「だったら一人で行ってればいいだろ」
「臨月の妊婦に無理させるわけ? もっと労わりなさいよ」
 無理もなにも、散歩程度の距離しかない。そもそも外で撮ろうと言いだしたのはお前だろうが、と口には出さず心の中で呟いた。
 花見や散歩に来る人のための駐車場があり、そこに車を止めて、理恵と二人で河川敷に降りる。
 短い階段を降りる理恵に手を貸そうと差し出した時、ここで転びそうになっていた日南子ちゃんの姿が重なった。
 彼女に会ってから、もう一年が経つんだな、と改めて思った。あの時は、ただ優衣に雰囲気が似ているだけで、こんなに深く心のなかに入り込んでくるなんて予想もつかなかった。誰かと関わるということは、自分ではコントロールできないことの連続なんだと強く思う。
「転ぶなよ」
「わかってるわよ」
 慎重に階段を降りる理恵を見守ってから、河川敷を見渡した。桜のシーズンには早く、まだ人も少なく閑散としていた。
「どこで撮りたい?」
 理恵に聞くと、反対に聞き返された。
「どこがいいと思う?」
 もう一度周りを見渡しながら、記憶を遡る。あの日、東京で二人で暮らすために優衣を迎えにきて、寄り道した日のことを。
 桜が咲いたら三人で来ようと、ここでキレイに撮ってね、と笑いながら話す優衣の言葉を、叶えてあげることはできなかったけど。