仕方なく誤解させたまま店を出ると、愛香が真面目な顔で言った。
「私も見たけど、あの広告。あの人が言ってたこと、よくわかる気がする」
 実を言うと、私は出来上がった広告を見てはいなかった。完成してすぐ郵送で送ってきてくれてあったけど、結局見られないまましまってある。あの時の幸せな気持ちが詰まった写真を見るのは、今の私にとっては苦行だった。
「すごくキレイだったよ、あの広告のヒナ。見てないなんてもったいない。まだ、見るの辛い?」
 見てみたい気もする。でも、見たらまた泣いちゃうような気もする。どちらとも言えなくて、曖昧に首を振る私の手を、愛香が掴んだ。
「知ってる? まだオープンしてないけど、店舗の前にあの写真が大きく飾ってあるの。行こう」
 そのまま少し強引に、愛香に手を引っ張られて歩き出す。ここからイノセントの店舗まで、歩いて数分の距離。前を通りたくなくて、いつも選ぶのを避けていた道を、愛香に引きずられるように無言のまま進んでいく。雑貨屋さんや洋服屋さんが並ぶ通りの、一番奥に店舗はあった。建物自体はもう完成していて、開店の準備をしているのか店内から明かりが漏れていた。真っ白な外壁の前に、あの広告が大きく引き伸ばして看板のようにかけられている。
 ステンドグラスの天使から柔らかな光が注いでいて、背後にはわざとピントを外したマリア像が、優しく腕を広げていた。そして、その前で微笑む私は、すごくすごく穏やかで、満ち足りた顔をしていた。
 あの時の気持ちが、洪水のように一気に流れ込んできた。目の前の彼のことが好きで好きで仕方なくて、彼が私を見ていることがすごくすごく幸せで、それをどうしても伝えたくて……。
 また涙が溢れてくる。
 彼に会いたい、会いたくてたまらない。
 例え彼の気持ちが一生私には向かないんだとしても、私が彼を好きだという気持ちは変えられない。
「私、写真のこととかよくわかんないけど、これを見て幸せな気持ちになるのはわかる。それって、ヒナの気持ちだけじゃなくて、撮った人の気持ちも伝わるからじゃないかな」
 手をつないだまま、隣で私と同じように広告を見上げた愛香が言った。
「なんでこんなに大事に思われてるのに、うまくいかないんだろうね」
 愛香の声が、心の奥にゆっくりと響いていく。大事に思われているのは、いったい誰なのか……その答えが、待たないでという言葉なのだとしても。
「好きなの」
「うん」
 愛香が静かに、私の声に頷いてくれる。
「他の人のことなんて、考えられない」
「うん」
 潤平くんが本気で私を大切に思ってくれているのは、痛いほどわかる。それでも、私にはその気持ちを受け入れることができない。
「会いたい……」
 この身を切られるような痛みが、癒える日なんてくるのだろうか。彼のことを思って、悲しみではなく幸せだった記憶を思い出せる日が、いつか。
 泣きながら、ずっと微笑む自分の姿を見ていた。隣に立つ愛香の手に、私を励ますようにぎゅっと力がこもったのが、わかった。