俯いて何も言わない私に焦れて、愛香が潤平くんを睨む。
「潤平?」
 潤平くんはその視線を無視して、私に言った。
「突然あんなことしてごめん。ヒナを混乱させたことは謝る。でも俺、やってよかったと思ってるから」
 潤平くんが屈みこんで私の顔を覗いてくる。私は目を合わせたくなくて、横を向いて唇を噛んだ。
「ヒナだって、あの人の気持ち、はっきりわかっただろ?」
 また涙が滲み出す。
 もう待たないで、とはっきり告げる声。
「もうやめなよ、あの人のこと考えるの。ヒナの中で整理がつくの、俺はちゃんと待ってるから」
 それだけ言って、潤平くんは一人足早に去っていいった。
 私は溢れてくる涙を止められなくて、いつの間にかしゃくりあげていた。
 愛香が肩に回してくれた手を握りしめて、そのまま大声を上げて泣いた。

 その日からずっと、私は抜け殻みたいになってしまった。愛香も無理に慰めようとはせずに、私が黙り込む時は一緒に黙ってそばにいてくれて、親友の有り難さが身にしみた。
 潤平くんに言われた通り、もう桐原さんのことを考えるのはやめよう、と思うのだけど、ふとした拍子に彼の声や、笑顔や、手の感触が蘇る。雑誌の隅にクレジットされた彼の名前を無意識に探している自分がいて、その度に、辛さと一緒に恋しい気持ちが湧き上がる。
 その日は、愛香が気晴らしに出掛けようと誘ってくれて、一緒に街に買い物をしていた。あまり気乗りしないまま服を眺めていると、店員さんに話しかけられた。
「あの。もしかして、イノセントの広告の方じゃないですか?」
「そうですけど……」
 大学の友達ならいざ知らず、見知らぬ人にこんなふうに声をかけられたのは初めてだ。戸惑いながら肯定すると、その店員さんはやっぱり、と笑顔を浮かべる。
「あの広告、すっごくキレイでした。私、今度結婚するんですけど、あの広告を見て、結婚指輪をイノセントで作りたいって思ったんです」
 そう語る店員さんの顔は、結婚が決まったという言葉通り、幸せいっぱい、という感じのキラキラしたオーラが漂っていた。今の私には少し眩しい。
「すごく優しい気持ちになれる笑顔で、見てたらなんだか彼に会いたくなったんです。実は少しマリッジブルー入ってたんですけど、結婚するのが楽しみになりました。やっぱりプロのモデルさんはすごいですね」
 これからも頑張ってください、と応援の言葉までもらってしまった。プロのモデルではないと慌てて誤解を解こうとしたけれど、その前に他のお客さんに呼ばれて行ってしまった。