なんだか意外だった。あんなに優しいんだし、付き合った人には一途なのかな、って勝手に思い込んでいた。
「ヒナちゃん、恋愛経験ほとんどないでしょ?」
「ないです」
「そういう子にガクさんは、難易度高すぎだと思うんですよね」
 応援してあげたいのはやまやまなんですけど、とため息をつく。
「昔付き合ってた人とひどい別れ方をしたんじゃないか、って噂です。ガクさん、昔ニューヨークに三年くらい行ってたらしいんですけど、それって当時の恋人から逃げるためだったんじゃないか、って。それらしいことを、本人が言ってたみたいで」
 付き合っていた人から逃げる、ってどういうことだろう。しつこくつきまとわれたとか? 
「恋愛に限らず、あんまり深く人と関わろうとしない人だなあ、とは思います。パッと見は気さくだし、誰とでもすぐ打ち解けるんですけど、その先には踏み込ませないようにさりげなく距離を置いてる感じ。昔のこと、探ろうとしてもうまくはぐらかされちゃうんですよね」
 そんなに触れて欲しくない何かが、過去にあったんだろうか。もし昔の彼女につきまとわれて嫌になったんなら、今こうして容子さんから話を聞き出してる私も、嫌われてしまうんじゃないだろうか。
 私が割り切った関係でいられる大人の女性になれるまで、あと何年かかるんだろう。というか一生なれないと思う。
 悶々と考え込んでいると、手を止めた容子さんが、鏡越しに私の顔を覗き込んでいた。
「そういう話聞いても、やっぱり好き?」
 簡単だけど難しい質問だった。
「よく、わかんないです」
 そもそも、恋愛対象として意識しているんだろうか。今まで関わったことのないような大人の男の人に出逢って、しかも愛香が騒ぎ立てるから、盛り上がってしまっているだけかもしれない。はやりのアイドルを見飽きるように、気持ちも落ち着いてくるのかも。
 好き、って確信するのって、難しい。
 私の表情を見守っていた容子さんは、ふふ、と笑うと、明るい声で言った。
「迷ったり悩んだりするのも恋愛の醍醐味ですしね。じっくり考えてみてください。もし、考えた上でやっぱり会いたいなあ、ってなったら、私がどれだけでも会う機会をつくってあげますから」