いきなり保志さんが愛香の手に口付けた。練習ではなかった動きに、愛香が驚いて目を丸くしている。見ていた私たちも思わずうわ、と呟いてしまった。
 それでも愛香は何とか立ち直って、練習通り手を振り払った。練習よりも力強かったのは気のせいじゃないと思う。本気で顔を背けて、ランウェイを戻ろうとした、その時。
「うわあ、ほっしーやりすぎ」
 立ち上がった保志さんが、愛香の腰に手を回して抱き寄せた。さすがの愛香もうまく対応できずにされるがままになっていると、保志さんの顔がどんどん近づいていって、客席からどよめきがおこる。キスしそうなほど近づいた保志さんの顔は、直前で横に逸れると、愛香の耳元で何かを囁いたようだった。その瞬間、パン、と小気味いい音が響いて、愛香の手が保志さんの頬を打っていた。
 驚く保志さんを睨みつけた愛香が、今度こそ背を向けて、颯爽と歩いていく。保志さんも苦笑いを浮かべて、そのあとに続いた。
「愛香ちゃん、かっこいー」
 西さんが感心したように呟く。スクリーン前で正面を向いて保志さんと目があったらしい愛香が、髪に差していた赤い花を取って投げつけていた。
「まさにカルメンね」
 宇野さんの呟きに、一同揃って頷く。
 舞台袖に戻ってきた愛香は、すごい勢いでそのまま一直線に控え室に向かっていった。一瞬見えた顔は珍しく耳の先まで真っ赤で、追いかけるべきか迷っていると、遅れて保志さんがやってきた。
「愛香ちゃんは?」
「控え室に向かって歩いて行きましたけど」
「そっかー、ありがと」
 なんにもなかったかのようにのほほんとした声音で言って、愛香を追いかけていく。その悪気のなさに、みんな唖然としてしまった。
「考えてることが読めない人だとは思ってたけど、ここまでわかんないのは初めてだわ」
「大暴走してたね、ほっしー」
「愛香、大丈夫かな」
 あの様子じゃものすごく動揺しているはず。多分私が今まで見たことないくらいに。
 ラストのチームのステージが終わって、ショーのフィナーレが始まっていた。このあと、観客による投票が行われて、卒展全体の閉会セレモニーの時に発表される。もし選ばれたらステージ上で表彰されるので、それが終わるまではこの格好のまま待機、の予定なんだけど……。
「後は保志さんに任せるしかないんじゃない?」
 潤平くんの言葉に、他のみんなもうんうん、と頷いた。