その日の夕方、運がいいのか悪いのか、予約が取れてしまった私は、容子さんの美容室を訪れた。ドアを開けると、フロントで待っていた容子さんが満面の笑顔で迎えてくれる。
「あの写真、めっちゃめちゃ評判良かったんですよう! おかげで去年より新規のお客さんが増えて、私もオーナーに褒められました。全部ヒナちゃんのおかげです」
 語尾にハートがつきそうだった。私のおかげでは決してないけど、こんなに喜んでくれるのなら引き受けてよかった。
「私も周りの人にいっぱい褒められたんです。容子さんのおかげ」
 そう言うと、椅子の後ろから容子さんに抱きつかれた。
「きゃーもう、そんなに可愛いこと言ってたら食べちゃいますよ!」
 周りのスタッフもお客さんも、苦笑いで私たちを見ている。今日の容子さん、すごくご機嫌。
「今日はどうします? ちょっと毛先痛んでるし、二、三センチだけ短くする?」
「お任せします」
 私は美容室では基本おまかせだ。私があれこれ言うより、容子さんに任せたほうが絶対可愛く仕上がるのがわかってるから。了解、と笑って、容子さんがハサミを入れていく。
「雑誌、思ってたより大きく載ってて、ちょっとびっくりしちゃいました」
 そう言うと、そうなんですよ、と容子さんがちょっと困った顔をする。
「タイトルページにヒナちゃんの写真を使うなんて私たちも聞いてなかったんですよ。でも、パトリの編集長があの写真気に入ったらしくて」
 タイトルページに使われていたのは、桐原さんと二人で川沿いで撮った写真だった。あの写真を使うとは思ってなかったし、全身じゃなくて顔のアップで、さすがに最初に見たときは少し恥ずかしかった。
「ホントは、理恵さんもガクさんも、あの写真使うのは反対だったんですけど」
「そうなんですか?」
「うん。ちょっと、素のヒナちゃんが出過ぎじゃないかって」
 素の私? それを言うなら他の写真も全部素の私だと思うけど?
 不思議に思って鏡越しに容子さんを見ると、容子さんは手を止めて何かを言いかけて、でも言いにくそうに口をつぐむ。さらにじっと見つめてみせると、容子さんはハサミを一旦戻して、私の肩に手を置いた。
「ヒナちゃん、単刀直入に聞きますけど。ガクさんのこと、好きになっちゃったりしてません?」
「ええっっ!」
 思わず振り向いて立ち上がりかけて、また周りの注目を集めているのに気付いて座り直す。真っ赤になった私の顔を見れば、答えは聞かなくてもわかるだろう。
「な、なんでそう思うんですか?」