美咲ちゃんが指定したのは、駅の近くのカフェバーだった。夜遅くまで営業していて、夜はアルコールも飲めるようになっていて、使い勝手がいいからかいつも人はそこそこ入っていた。
 少し時間に遅れて行くと、美咲ちゃんが入口から見える席に座っていた。先に彼女が俺に気がついて、小さく手を振る。近づくと、彼女の足元の大きな荷物に目がいった。
 席に着くと、すぐに店員が注文を取りに来た。車だったのでノンアルコールのドリンクを頼む。
「旅行でも行くの?」
 挨拶もそこそこに質問を投げかけると、実家に帰るんです、という答えが帰ってきた。
「県外の人だっけ?」
「愛知出身です。前にも話しましたけどね」
 そうだっけ、と呟く俺に、どうせ覚えてないと思いましたけどね、と諦めたように笑う。
「だから、もう会うことはないと思って。最後にきちんと謝ろうと思って、来てもらいました」
 その言葉に、自分が思い違いをしていることに気付く。
「ただの帰省じゃなくて?」
「完全に引っ越します。もうこっちの部屋は引き払いました」
「そっか」
「一人でいるの、なんか疲れちゃって。親が戻って来い、って言ってくれたので、甘えちゃいました。春までのんびりして、また向こうで仕事探します」
 突然のことで驚いたけど、彼女はなんだかすっきりした顔をしていた。肩の力が抜けたというか、いい感じに気負いが抜けた気がする。
 注文したドリンクが来たので、改めて乾杯する。新しい生活がうまくいきますように、と願いを込めて軽くグラスをぶつける。
 彼女も一口口をつけると、グラスを置いて改まって頭を下げた。
「無責任に引っ掻き回すようなことをして、すみませんでした」
「もういいよ、気にしてない。ようちゃんから少し聞いたけど、大変だったんだろ?」
 顔をあげた彼女の表情は、泣きそうなんだか笑いたいんだか、中途半端に崩れていた。
「相変わらず優しいけど、それやめたほうがいいです。ちゃんと怒ってくれないと。あの子がかわいそうですよ」
「え?」
「誰にでも優しいんじゃなくて、ちゃんと一人だけ大事にしてあげてください」
 誰にでも優しくしているつもりはなかったけど、それで昔、彼女も嫌な思いをしたことがあったのだろうか。
「俺も謝りたかったんだけど、昔付き合ってた時、我慢してたこと、もしかしていっぱいあった?」