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その日の夜から、雪が降り始めた。すでに塵のような初雪は何日か前に降っていたけど、今回は長い間降り続いたので、きっと朝には積もるだろう。静かに舞い落ちてくる白の結晶がなんだかすごくキレイに見えて、暖房もつけずに窓を開けて見ていたら、翌朝熱を出してしまった。
思ったより高熱で、一人じゃ心細くなって実家に電話をしたら、ちょうどお休みだったお父さんがすぐに迎えに来た。そのまま病院に連れて行かれて、その後は実家の私の部屋のベッドに押し込まれる。
「もう雪なんて見飽きてるでしょうに。どうして風邪をひくまで寒いところで我慢したの?」
呆れ気味に言いながら、麻衣子さんがお粥を乗せたお盆を持って部屋に入ってくる。
お父さんの再婚相手の麻衣子さんは、お父さんと一回り年が離れていて、お母さんというよりお姉ちゃんという感覚だ。はきはきした美人で、何が良くてお父さんと結婚したんだろう、と常々疑問を抱いている。
薬のおかげで、だいぶん体は楽になった。卵の餡がかけられたお粥の匂いが鼻をくすぐる。お盆を受け取って、少し口に入れると、優しい塩気が染み渡った。
しばらく私がお粥を口に運ぶのを黙って見ていた麻衣子さんが、あらかた食べ終わるのを待って、口を開いた。
「なにかあったの? ここに電話をかけてくるなんて」
今まで、体調を崩したくらいで実家に連絡することは、まずなかった。あとから風邪をひいていたことを知ったお父さんに、叱られたことがあるくらいだ。
「力になれることがあるなら、なんでも言って」
麻衣子さんはいつも、いい意味で距離を取ってくれて、無理に世話を焼こうとなんてしてこない。今まで悩み事の相談なんてしたこともないし、してくれと言われたこともない。
今の私は、そんなに弱って見えるんだろうか。
「麻衣子さんは、なんでお父さんと結婚したんですか?」
「そりゃ好きだからよ。なあに、いきなり」
私の質問の内容に驚いた様子で、だけど麻衣子さんは即答した。
「じゃあ、死んだお母さんに、嫉妬したこととかありますか?」
この質問には、すぐには答えなかった。考え込むように、目をさまよわせる。
「難しいこと聞くわね」
「ごめんなさい」
娘の私から見ても、お父さんはお母さんのことが大好きだった。見ていて恥ずかしくなるくらい仲のいい夫婦で、お母さんが死んでからも、お父さんはずっとお母さんのことを大切に思っていたと思う。きっと、今でも。
麻衣子さんという恋人を紹介された時、だからひどく驚いた。少し、ほんの少しだけ、裏切られたような気持ちになったのも事実だ。
「全く気にならない、と言えば、嘘になるわね。いまだにすごく大切な存在だってことはよく伝わるし……そうね、少し悔しく思ったことはあるわ。なんで先に私と出会ってくれなかったんだろう、って」
その気持ちは、すごく良くわかる。優衣さんより先に出会うことができていたら、こんな卑屈な思いをすることはなかったのに。
「でも、そんなもしものこと考えたって仕方ないじゃない。先に前の奥様に出会って、日南子ちゃんが産まれて、奥様を失って、そういう出来事を全部経てきた上で、今の彼がいるんだと思うし。その前に出会ってたって、好きにならなかったかもしれないわ」
いろんな思いを乗り越えてきたからこそ、今の彼がいる。そうかもしれないけど、でも。
私にはそんなふうに割り切れなかった。好きな人が自分以外の人のことを特別に思っているのは、やっぱり辛い。