遠慮がちにソファの端に座る彼女の前に、ミルク多めのコーヒーを置く。
「今日は一日お疲れさま」
「お疲れさまでした」
 カップを両手でくるんで持つ彼女が、そっと口を付ける。いつも初めはゆっくり飲むので、猫舌なのかもしれない。
 当たり障りのない話をしながら、彼女の様子を窺った。何か考えているのか、いつもよく動いて感情を伝える目が、今はずっと伏せられている。
 もしかして、切り出しにくい話だろうか。俺はその話を、聞き出したほうがいいのか、気づかないフリをしたほうがいいのか。こちらも迷っていると、だんだんと話が途切れがちになる。
 少し沈黙が続いた後で、彼女が躊躇いがちに切り出した。
「私がニューヨークで見た、あの窓辺の写真、もう一度見せてもらえませんか?」
「いいけど」
 言いたかったことってこれか、となんだか拍子抜けしながら、あの写真を探す。写真が見たいだけなんだったら、もっと早く言えば良かったのに。何冊かのブックの中からあの写真を見つけ出して、彼女に渡す。
 彼女はしばらく、じっと写真を見つめていた。俺にとっては痛みを伴う、彼女にとっても何かしらの感慨があるだろう、その写真。実を言えば、俺はまだきちんと直視することができない。
 彼女が写真を見つめながら、おもむろにポツン、と言った。
「私、優衣さんの代わりでもいいですよ?」
「え?」
「もし、まだ優衣さんのことが忘れられなくて、それでなにか躊躇ってるんだったら、私、優衣さんの代わりでいいです」
 目線は写真に向いたまま、小さな声で続ける。
「桐原さんの心のなかに、ほんのちょこっとでも私の居場所があるんなら、その他全部優衣さんで占められててもいいんです」
 無言のままの俺に、ゆっくりと目を向ける。
「ちょっとでも、私のこと、好き、ですか?」
 不安げな光を宿して、一言一言区切るように言った。
 俺の曖昧な態度のせいで、また彼女に言いにくいことを言わせてしまった。ちゃんと答えなければと、心の中を必死で探った。
 優衣が未だに強く心に残っているのは間違いないし、何度も彼女の姿に優衣が重なる。それでも、普段何気なく思い出すのは、日南子ちゃんの笑顔だったり、困った顔だったり、声であって、今俺の心の中を占めているのは優衣じゃない、と思った。
 優衣よりももっと強く、俺の心を支配しているのは、今目の前にいる彼女だ。