桐原さんにとって私は仕事で写真を撮っただけの女子大生だ。そんな人に連絡先なんて聞けるわけがない。
「名刺とか貰わなかったの?」
「……貰ったけど」
 早く出せ、とすごい形相で急かされる。しぶしぶ大事にしまってあった名刺を手帳から取り出すと、愛香にすぐに奪い取られた。
 スタジオ ルーチェ フォトグラファー 桐原岳
「ちょっと、アドレス載ってるじゃん。メールしてみなよ」
「やだよ、なにを送ればいいのよ。ていうかこれ明らかにお仕事用のアドレスじゃない」
「別にいいじゃん、本人に届けば。内容なんてなんでもいいよ。会いたいです、とかご飯行きましょう、とか」
「嫌だ、絶対無理!」
 そんなやりとりをかれこれ一ヶ月し続けている。
 そりゃ私だって、また会いたいな、なんて思うこともあるけど……というか気がついたらいつも思ってしまっているけれど。バイト中も今日は来ないかな、なんて期待していることもあるけど、でもそういう偶然に頼る以外に、個人的に会う機会なんてない。絶対ない。これが現実。
「じゃあさ、その仲良しの美容師さんに頼んでみれば? 飲み会でもなんでもセッティングしてもらえばいいじゃん」
 お気に入りのサンドイッチを平らげて、愛香が身を乗り出した。
 それは私も、ちょっと考えてみたりはしたけれど、なんて言って切り出せばいいのか。会いたいんです、って? いやいや無理、そんな図々しいこと言えない。
「あのね、そんなこと言ってたらあんた一生恋愛できないよ? ずっとうじうじ遠くから見てかっこいーって盛り上がって、それで相手には認識もされず終わっていくのよ? すごい悲しくない?」
 確かに悲しい。少し気になった中学の時のクラスメイトも、高校の時の先輩も、そんな感じで三年間眺めるだけで終わった。彼氏なんてかの字すら知らないまま、今に至る。
「とにかく、なんでもいいから情報聞き出してくること。はい、美容室に予約」
 勝手に私の携帯を操作して、美容室の番号を表示させて差し出してくる。
「ほら。そろそろ髪切りに行こうかな、って言ってたじゃん」