うっかり膝をついたりしたから、少し泥がついてしまった。
「ごめんなさい」
「大丈夫ですよう、ドレスが汚れるのなんて想定のうちです。準備はしてきてありますから」
 容子さんが慰めるように言ってくれた。
「一回車に戻りましょうか。あったかいし」
 途中で暖を取れるように、エンジンをかけっぱなしにしてくれてあるらしい。容子さんに促されて、これ以上ドレスを汚さないようにそうっと移動する。
 車に入ると、暖かい空気が体を包んだ。自分で感じていたよりも冷えていたようで、ゆるゆる力が抜けていった。
 容子さんがポーチを持ってきて、液体と布を取り出す。ぽんぽんと抑えるようにして染み込ませながら、きれいに汚れを取っていく。
「ほら、大丈夫だったでしょ?」
 容子さんが手を離すと、汚れは全然目立たなくなっていた。
「ありがとうございます」
 礼を言う私に、またにっこり微笑む。
「チョコ食べます? 暖かいお茶もありますよ」
 一口サイズのチョコレートと水筒を取り出して、コップに少し入れて渡してくれた。ありがたく受け取って口に入れると、チョコの甘さが体中に染み渡っていく気がした。
「ちょっと緊張しました?」
「そうでもなかったと思うんですけど。緊張してるように見えました?」
「少しだけ。でも、二月の時よりは全然堂々としてるなあ、って、感心しちゃいました」
「あの時はなんにもわからなくて、おろおろするだけで」
 大変ご迷惑をおかけしました、と言うと、あはは、と笑い飛ばされる。
「今年の春の新規客、去年より多かったんだって言ったじゃないですか。雑誌見て、って言ってくれた人、結構いましたよ」
 それに、と容子さんが笑いながら続ける。
「ヒナちゃんとまたこうやってお仕事できるの、すごく嬉しいんです」
 お姉ちゃんのような容子さんに、成長を認めてもらったようで嬉しかった。モデルに誘ってもらったとき、断らないで本当に良かった。
 顔を見合わせて、ふふふ、と笑い合う。容子さんと話すと、心がすっと軽くなるから不思議。
 ついでに少しメイクを直して、車から出る。容子さんにドレスの裾を持ってもらいながら教会の中へ戻る。建物に入る前に、容子さんがちらっと空を見上げて、そろそろ降ってきそうだなあ、と呟いた。