ロケ現場には着替える場所もないということで、私の準備のために近くの集会場みたいなところを借りてくれていた。私たちの車はそこに寄り、桐原さんたちは一足先に教会へ向かう。
 いかにも田舎の集会所、という風情の畳の部屋で、着替えとメイクを行う。ここは暖房が効いていて、ドレスに着替えても寒くないけれど、外に出た時のために見えない場所に何個もカイロを忍ばせる。
 メイクを施す容子さんの顔は、真剣そのものだった。雑誌の時より念入りに時間をかけて、私の顔を彩っていく。写真に映えるようにしっかりと、でも上品に、容子さんの手によって鏡の中の顔が変身してゆく。
 出来上がった私の姿を見て、鈴木さんが嘆息した。
「まさに聖母マリア、ですね」
 その様子に、少し緊張していたらしい容子さんも、ほっと表情を緩めた。
 分厚いダウンコートを着込んで、ロケ場所の教会に向かう。どんどん山に入っていくのには驚いたけど、木々の中に佇む建物が見えたときは、容子さんと二人、歓声をあげた。まるでおとぎ話に入り込んだみたいで、ついさっきまで日本の原風景が広がっていたのに、一瞬で別の世界にワープした気分。
 相変わらず空はどんよりしていたけど、雨は何とか降らずにいた。ドレスを汚さないように気をつけながら、教会に足を踏み入れる。
「うわあ……」
 中を見て、言葉を失う。そんな私を見て、鈴木さんが少し笑った。
 先に来ていた二人が持ち込んだ照明や機材と相まって、なんだか映画のセットみたいだった。だけど、そこに漂う厳粛さは、作り物では決して表せない。長い年月をかけて生み出された神聖な空気が、そこにはあった。
 中央の祭壇に静置されたマリア像に、目が奪われる。安らかで、すべてを包み込むような、穏やかな微笑みを浮かべた聖母。
 車から荷物を取ってきた容子さんが入ってきて、私と同じように言葉を失っていた。外でなにか話していたらしい桐原さんと吉川さんも、入ってくる。
「うわ、道端さんキレーっすねえ」
 私を見て呟く吉川さんにお礼を言うと、容子さんがまだですよー、と笑う。
「最後の仕上げが残ってますから」
 そう言って持っていた袋から取り出したのは、繊細なレースが縁どられたマリアベール。それと、カバンの中から大事そうに手のひらサイズの小さな箱を取り出す。
「メインはガクさんに選んでもらおうと思って」
 厳重に鍵がかかった箱を開けると、キラキラ光るリングが並んでいる。
「嶋中さんはどれを使ってもいいとおっしゃってました。どれも自信作だそうで」
 鈴木さんが言葉を添える。
 複雑に絡み合ったデザインのもの、シンプルなフォルムにダイヤが際立つもの、ピンクゴールドが組み合わさったもの。美しく輝く、ブライダルリングたち。
「これ、持ち運ぶの超怖かったんですから」
 容子さんが呟いた。確かにこれ、総額でいくらするんだか。