優衣が死んで、そろそろ十年が経つ。優衣の家族の心には、どれだけの傷がまだ残っているんだろう。あの理恵だって、妊娠がわかった時、あれだけ苦しんでいた。十年という月日は、長いのか短いのか。
 きっとまだ、優衣のお父さんは、俺を許してはいない。
「またなんか余計なこと考えてるだろ」
 何も口に出さなかったのに、またはたかれた。
「あのー、なんで沢木さんが手こずるのがガクさんのせいになるんすか?」
「お前には関係ないから黙っとけ」
 それまで口を出したくてうずうずしていたらしい吉川が、結局口を開いて沢木さんに叱られて、不満そうにしている。
「お前はあの子のことだけ考えてればいいんだよ」
「……」
 無言で返す俺とは反対にまた吉川が口を出す。
「あの子って誰っすか? ガクさんの彼女?」
「だからお前は黙っとけって」
「じゃあ俺の前で面白そうな話しないでくださいよ。完全にのけものじゃないっすか」
 確かにそうだ。こいつの前でする話じゃなかった。
 用も済んだし、そろそろ行きます、と言うと、沢木さんはおう、と短く返事をした。えーもう行くんすかー、とつまらなさそうな声を上げる吉川に、機材を忘れないよう念を押す。撮影の日、吉川の運転で沢木さんのスタジオの車を貸してくれることになったので、機材の運搬も頼んだのだ。
 外に出ると途端に冷気が体を包む。傘は車に置いてきたので、雨の中を一気に走った。
 最近、日南子ちゃんとの距離の取り方が、わからなくなっていた。
 というか、本当は距離なんて取らなくていいんだろうし、彼女のほうもそれを望んでいるのが手に取るようにわかる。だけど、その望みの通りに近づいていくことがどうしてもできない。
 触れたい、と思うし、俺だって近づきたい。近づきたいのに、近づこうとすると頭の中でストップがかかる。
 優衣の姿が、ちらつくのだ。
 俺を見つめる日南子ちゃんの顔に、優衣の顔が重なる。そうなるとどうしてもそれ以上進めなくて、視線を逸らしてしまう。少し寂しそうにする彼女を、真っ直ぐに見返せない。
 優衣のことはもう、ただの思い出にすぎないと思っていた。今まで目を逸らし続けてきたから、まだこんなにも心の奥に強く残っていたなんて、気づかなかった。
 いつになったら、ただの幸せな思い出にできるんだろうか。どうすれば、過去のことなんて関係ない、今は今だと、強く思うことができるんだろう。あの子のことは傷つけたくない。でも今のままじゃ、きっと傷つけてしまう。
 どうすればいいか、いっそ誰かに教えて欲しい。そんな風に思うほど、袋小路に迷いこんでいた。