撮影と言っても、写真を撮ってはい終わり、ではない。データを持ち帰って、使えないものを削除したり色彩を補正したりして、きちんと使えるレベルのものにまで仕上げてから入稿する。複数の案件を抱えることが多いから、打ち合わせをして、撮影をして、データの加工をして……というのを何件も同時に進行しなければならない。独立してからは経理とか備品発注なんかの細々とした仕事も自分でしなければならないので、スタジオ勤めをしていた時よりもはるかに忙しかった。このご時世、仕事があるだけありがたいと思わなければならないのだろうけれど。
 スタジオ兼事務所の奥でパソコンと向きあいながら、そろそろ一息つこうかと時計に目をやったとき、ちょうど携帯が鳴り始めた。独立するまで勤めていたスタジオのオーナーで、写真の師匠でもある沢木(さわき)さんからだった。
『おー、ガク、今ヒマか?』
 電話に出るなり大きな声が耳に響く。酒やけかタバコのせいか、少し掠れた感じの声だけど、女の子にしてみたらそれが渋さがにじみ出ていてたまらない、らしい。
「暇じゃないです。沢木さんの暇つぶしなら切りますよ」
『俺だって暇なんかねえよ、仕事の話。お前、四月の第三日曜日って空いてるか?』
 確か、第三か第四が空いていたはずだ。手帳を開いてスケジュールを確認すると、第三が空いていた。
「残念ながら、第三日曜日だけ空いてます」
『よっしゃ、そのまま空けといてくれ。内容は後でファックスで送るけど、なんかめんどくさそうなクライアントなんだよ。吉川(よしかわ)に行かせようと思ってたんだけど、どうにもあいつじゃ荷が重そうでな』
 吉川は沢木さんのスタジオじゃまだ下っ端で、一人で撮り始めてまだ経験が浅いはず。
「なんでそんな仕事取ったんですか」
『依頼自体はそんなややこしくなさそうだったんだけど、上司やらなんやらが途中から首突っ込んできてさ。お前、気に入ってもらえたら今度からその会社の仕事持っていっていいから』
 沢木さんのスタジオはこの地域じゃ大手で、いろんな依頼が飛び込んでくる。独立して間もない頃はこちらにも仕事を回してくれて、随分助かったものだ。今でもたまに大きな仕事を持ってきてくれるので、本当に感謝している。自分がやりたくないのを回してきてるだけの時も、たまにあるみたいだけど。