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「新規オープンのジュエリーショップの広告写真、ですか」
 依頼の概容が書いてある書面を受け取って、ざっと目を通す。
「そ。オーナーが私の友人なんだけど、写真見せたら、ぜひあなたに、って」
 いきなり連絡が来て、瀬田さんに直々に呼び出された。何事かと若干構えて出向いたのだけど、嬉しいことに仕事の依頼だった。
「本当はクリスマス前にオープンしたかったみたいなんだけどね。準備でバタついて、結局オープン予定は来年の四月。メインにフルオーダーのブライダルリングを扱う店よ。その他にもジュエリー全般扱うみたいだけど、全部職人の手作り」
 なんでもかんでもこだわりたがるのよねえ、と呆れ気味に言う。
「コンセプトは店名の『イノセント』。打ち合わせはもちろんするけど、基本的にあなたに任せるって。どう、やる?」
「もちろん。ありがたくやらせていただきます」
 俺の写真を見た上で自由にやらせてくれるなんて、こんなにやりがいのある仕事はない。
「ただし、一個条件付き。道端さんを使ってね」
「……は?」
 なんでここで日南子ちゃんの名前が出てくるんだ。広告用の写真なら、事務所に所属しているようなプロのモデルを使えばいいだろう。
「あの子、素人ですよ?」
「だからいいんじゃない。イノセント、って感じするじゃない」
 純真。無垢。まあ、言いたいことはわかるけど。
「私が嶋中(しまなか)くんに……あ、オーナーの名前ね、彼に見せたの、全部あなたが道端さんを撮った写真なんだもの」
「なんで?」
「店名が決まって、誰かぴったりなのいないか、って相談されてた時に、ちょうどあなたが撮った写真を見たのよね。あのサロン特集の写真。で、次の写真も見てみたら、あまりにイメージ通りだったから、試しに彼にも見せてみたのよ。ほら、お出かけプランの時の写真、いくつかデータもらったでしょ?」
 そういえばそんなこともあった。誰に見せるつもりなのかあの時は訝しく思っていたのに、今まですっかり忘れ去っていた。
「で、極めつけはこれね」
 持っていたタブレットに画像を表示させて、俺に寄こす。そこに映っていたのは、暗闇の中、無数のキャンドルに照らされて微笑む彼女の姿だった。柴田の店のホームページ、いつの間にできてたんだ。
「こんな写真、いつの間に撮ってたのよ。隠してるなんて水臭い」
「報告する義務があるとは思ってませんでした。なんでこれを俺が撮ったってわかったんです?」
「決まってるじゃない、その店に行って、直接店長に聞いてきたのよ」
 柴田め、余計なことペラペラ喋りやがって。
「いいわね、あの店。取材させてくれ、って言ったけど断られちゃったわ。まあ、それは置いといて、このホームページ、見つけてきたの嶋中くんなのよ。この写真を撮ったのが前と同じカメラマンなら、ぜひ依頼したいって」
「あの子が断る可能性もありますよ?」
「だから先にあなたに話したのよ。あの子を口説き落とすのがあなたの仕事の第一歩。先に言っとくけど、あの子に断られたらあなたへの依頼自体考え直すかも、って」
「本当に?」
 苦虫を噛み潰したような顔になっているであろう俺とは反対に、瀬田さんがにっこり微笑んだ。
「言ったでしょ? なんでもこだわりたがるクライアントなの」