「でもそれじゃ、日南子ちゃんの足が痛くない?」
 ……確かに。
 ちょっと考えて、今度は足を伸ばして座りなおす。
「本気?」
「はい」
 ぽんぽん、と足を叩いてみせる。
「使ってください。私の膝で申し訳ないですけど」
 お母さん変わりにはならないけど、甘えて欲しいと思った。なんだか今の私は強気だ。
「……じゃあ」
 桐原さんは控えめに私の足に頭を乗せて寝転ぶと、目を閉じた。
 強引だったかな? まあいっか。
 相手が目を閉じているのをいいことに、滅多にないチャンスだ、と寝顔を眺め倒す。少し癖のある柔らかい黒髪が、流れて額にかかっている。まつげが長くて、目元に濃い影を落とす。派手ではないけれど、整った顔立ち。
「……あんまり見られると、寝にくいんだけど」
「っ、すみませんっ」
 バレていた。慌てて顔を上げて、遠くを見やる。
 風が吹いて、シャボン玉が舞い上がる。意外と頑丈な泡の玉は、そこかしこに飛ばされて、地面に落ちるとぱちん、と弾けた。風が強まり、コスモスの花が揺れて、波打つ。
 膝には確かな重みとぬくもり。なんだか夢の中みたい。
 いきなり頬に指が触れた。下を向くと、手を伸ばした桐原さんが、いつの間にか目を開けて私を見ていた。ゆっくりと頬を辿って、親指が唇にかかる。
 目があったまま、今度はうなじに添えられた手が誘うように私の頭を引き寄せる。そのままゆっくり顔が近づいてきて……。
 ブブブ、と置いてあった携帯が震えた。
「……電話です」
「……うん」
 桐原さんはふいっと目線を逸らすと、起き上がって携帯を手にとった。
 ――っっっっ!
 心臓が鳴り止まない。両手で頬を抑えると、耳まで熱い。
 一人悶絶する私の耳に、困惑したような声が届いてくる。
「これからですか? ……いえ、不可能ではないですけど………」
 腕時計に目を落として、眉をひそめていた。仕事だろうか。
「はい、はい……ええ。……はあ。……ちょっと待ってもらっていいですか」
 携帯に手を当てて、申し訳なさそうにこちらを向いた。
「ごめん、急に仕事頼まれて、すぐに帰らなきゃいけなくなった。嫌だったら、断るけど」
「いえ、全然大丈夫です! 行ってください、すぐ!」
「……ありがと」
 パニックになっている私をよそに、なにもなかったように電話を終えた桐原さんは、もう一度申し訳なさそうに謝った。
「三時にはあっちに着かないといけなくなった。すぐにここ出ないとダメかも」
「はい、じゃあ、行きましょう、うん」
 ばたばたと片付けて、カバンにしまう。そのあたりでやっと心臓も落ち着いてくれた。
「慌ただしくなっちゃったね」
「でも、十分のんびりできましたよ。自然を満喫、って感じ」
 少し名残惜しくてもう一度コスモスの方を振り向くと、桐原さんが私の手を握った。
「また来よう」
「はい」
 私も気持ちを伝えるように、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。