行こうか、と言って桐原さんが歩き出した。
 コスモスを眺めながら、今日は隣に並んで歩く。流れる空気がいつもよりゆったりとしている気がした。
「こんなに綺麗に咲いてるなら、カメラ持ってくれば良かったかな」
 目を細めて、桐原さんが呟いた。
「やっぱり、綺麗なものを見た時って、写真撮りたくなりますか?」
「そうだね。どうやったらこの空気ごと切り取れるか、考えたりはする」
 同じものを見ていても、私とは違って見えたりするんだろうな。レンズを通した彼の目は、ほかの人より何倍も、そこにある美しさや鮮やかさ、時には悲しさなんてものまで、鮮明に感じ取ることができるのだろう。
 ふっと桐原さんの視線が、コスモスから移動する。視線の先は、走り回る小さな子供だ。はしゃぎながら、お父さんらしき男の人のもとへ駆け寄っていく。
 ……優衣さんと一緒に、失ったもの。
 ちくり、と針を刺したような痛みを感じる。それよりももっと強い痛みを、彼も感じているのだろうか。なんとなくその親子から目が離せず、余所見をしながら歩き出すと、足元に衝撃を感じた。
「きゃっ……」
 前を見ていなかったせいで、もう一人子供が走ってきたのに気がつかなかった。私の足にモロにぶつかって、その男の子は尻餅をついて、座り込んで泣き出してしまった。
「うわ、ごめん! ごめんね、大丈夫⁉」
 しゃがみこんで必死で声をかけるけど、全く泣き止んでくれない。見たところ怪我はなさそうだけど、どこか打ったのかもしれない。
 どうしよう、とおろおろしていると、横から桐原さんがすっと手を伸ばして、その子を抱き上げた。そのまま持ち上げて、目の高さを合わせる。
 いきなり高くなった目線に驚いたのか、その子はぴたっと泣き止んだ。
「どっか痛いか?」
 顔を覗き込んで問う優しい声に、その子はふるふると首を横に振る。
「ちょっとびっくりしただけだよな?」
 こくん、と頷くその子に笑いかけると、よーし、とそのままさらに高く持ち上げる。高い高いをされて、その子はきゃっきゃっと笑いだした。
「すみませんっ」
 その子のお母さんが、こちらを見て慌てて駆け寄ってきた。
「ママ、たかいたかい」
 楽しそうに笑うその子を桐原さんが慎重にお母さんに渡す。
「こら、走ったらダメって言ってるでしょ。すみません、ご迷惑かけて」
「いえ、こちらこそ不注意で転ばせてしまってすみませんでした」
 私が悪いのにそのお母さんは申し訳なさそうに、何度も頭を下げながら戻っていく。男の子はお母さんの腕に抱かれながら、ニコニコ手を振っていた。