手の中のスマホをいじって、日南子ちゃんの番号を表示させる。前に電話がかかってきた時は、確かこのくらいの時間だったはず。
 発信のボタンを押して、呼び出し音が鳴るのを聞きながら、寝ぼけていた頭がだんだんとはっきりしてきた。特に話す用もないのに、俺は何をしているんだ、馬鹿か。八コール目を聞きながら、やっぱり切ろう、と思ったときに、勢いよく声が響いた。
『もしもしっ』
 慌てて出てくれたんだろう、後ろで何かが落ちるような、ガタガタっという音とともに、小さく痛、という声が聞こえた。
「なんか凄い音したけど、大丈夫?」
『すみません、積んであった本が倒れただけです。気にしないでください!』
 きちんとしているようで、意外と面倒臭がりなのかもしれない。沢木さんのオフィスも、よく資料が積み上がって雪崩を起こしていた。
「ごめん、急がせたみたいで。寝てた?」
『いえ、お風呂入ってて、携帯部屋に置きっぱなしにしてて、着信聞いてびっくりして、そしたら本にぶつかっちゃって』
 そこまで一気に言って、ひと呼吸置いて、またためらいがちに口を開く。
『あの。どうか、しましたか?』
「うん……」
 別にどうもしなかった。なにか話さなければと、必死で頭を巡らせる。
「リサちゃんが、嬉しそうに電話してきたよ。ショーのモデル、引き受けたんだって?」
 とりあえず頭に浮かんだのがその話題だった。
『そうなんです。リサさんがぜひ、って言ってくれて。リサさんの友達も、みんなすごくいい人たちなんですよ。おしゃれだし、気さくな人ばっかりで、なんだかチームの一員になれたみたいで嬉しくて』
 嬉しそうにはにかむ様子が目に浮かんだ。リサちゃんの友達をやれるくらいなんだから、きっといい子達ばかりなんだろう。
「日南子ちゃんの友達も一緒にやるんだって?」
『はい。ファミレスで一緒にバイトしてる子、わかりますよね? 前に迎えに来てくれた時に話してた。あの子と、あと同じ学校の男の子なんですけど……』
 そこで言いよどむように言葉を切った。
『あの。多分、その子、桐原さんに会ったことあるんですけど。その時に、大変迷惑というか、失礼というか、見当違いなことを言ったそうで……』
「松田君?」
『そうです』
「まあちょっと困ったけど」
『ですよね、やっぱり。ほんとすみませんでした』
 彼女がしたことじゃないのに、そんな風に代わりに謝られるとなんだかもやもやする。
「別に、見当違いでもなかったけど」
『え?』
「ずいぶん仲良さそうだね、彼と」
 なにを嫉妬めいた女々しいことを言っているんだろう、と思うけど、勝手に口から出てきてしまった。