ねえ見て、と優衣が抱き上げたのは、真っ白な毛並みの子猫だった。傍らには、親猫と思しき同じ毛並みの白猫が悠々と寝そべっている。
――どうしたんだよ、これ。
――友達が旅行中で、二日間だけ預かるの。可愛いでしょ。
 言われてみれば、優衣の部屋にはなかったはずのペット用のゲージが、ベッドの横にでん、と置いてある。
 この子今里親募集中なんだって、と子猫に頬ずりしながら、優衣が少し表情を曇らせた。
――ほかの子は飼い主が見つかったのに、この子だけまだなんだって。こんなに可愛いのに。
――言っとくけど飼えないぞ。
 きっと飼いたいんだろうけど、一人暮らしのアパートでは動物は飼えない。
――わかってるもん、そんなの。 
 子猫を俺に押し付けて、無理やり抱かせる。子猫が小さな舌を出して、甘えるように俺の顔を舐める。
――アパート暮らしじゃなかったら、飼いたいと思うでしょ?
 懸命に甘えてくる姿は、確かに抱き潰したくなるくらい愛らしい。でも、俺が飼ってもきっとちゃんと構ってやれない。
――俺は飼わないな。別にいらない。
 そんな俺の返答に、優衣は気に食わないのかむっと口を尖らせる。
――本当は可愛いくせに。素直じゃないんだから。
 ガクの悪い癖よね、と俺の手から子猫を取り上げて言う。
――欲しいものをちゃんと欲しいって言わないの、悪い癖。あとから後悔したって知らないんだから……。
 ………
 …… 
 …
 まぶたを開けると、つけっぱなしの電気に目を射られ、優衣の残像が掻き消える。ぼんやりとした頭で傍らのスマホに手を伸ばすと、時計は十時すぎを示していた。
 少し目を休めるだけのつもりが、本気で寝入ってしまったらしい。
 最近は、優衣が死んだ時の悪夢は見なくなっていた。その代わり、幸せだった頃の何気ない記憶の断片が、時折こうやって現れる。
 後悔しないように、か。
 思えば小さい頃からいろんな人に言われた気がする。元から何かに執着するような性格ではないので、何かをねだったり欲したりすることがなかった。自分のものでも、誰かに欲しいと言われれば簡単に手放してしまう性格だった。
 欲しい、と思ったものが手に入らなかった時、もっと頑張ればよかったと、悔やんだりするのだろうか。