場所変えようか、と言われて、今度は桜の木の下を歩く。手に持ったままだったマフラーを桐原さんが引き取ってくれた。
「じゃあどうして日本に?」
「先輩がスタジオを始めたから、それを手伝いに。今はもう独立したけど」
 カメラマンさんなんて普段接することがないから、興味深くていろいろ聞いてしまう。
「お仕事ではどんな写真を撮るんですか?」
「いろいろ撮るよ。こういう雑誌の写真撮ったり、広告の写真撮ったり、結婚式の写真撮ったり」
「結婚式の写真ですか? 楽しそうですね」
「お客さんにとっては一生に一度だし、撮り直しができないから神経遣うけどね。でも、喜んでもらえたっていうのがダイレクトに伝わってくるから、やりがいはあるよ」
 話を盛り上げてくれながら、シャッターを切る手は止めない。
「ここでもよく撮影するよ」
「ここ?」
「そう。式とは別に、花嫁衣装を着て、自分の好きなところで撮影するんだ。春になったらここで撮りたいっていうお客さんはいっぱいいる」
 確かにここ、桜が満開の時に写真撮ったら綺麗だろうなあ。
 目を閉じて想像してみる。一面の桜並木で、青空の下に花嫁姿の自分がいて、旦那さんが私にむかって微笑みかけていてくれて。風が吹いて、桜の花びらが舞って……。
 想像にシンクロするように、ざあっと風が吹いた。舞い上がる髪の毛を押さえて、桐原さんのほうに振り向く。
「いつか私のことも、桐原さんに撮ってもらいたいです」
 おかしなことを言ったつもりはなかったのに、桐原さんはなぜか驚いたような顔をした。カメラを下ろして、じっと私を見つめている。
 ーーううん、なんだか、私じゃなくてもっと遠いところを見ているような。
「私、変なこと言いました?」
 図々しかっただろうかと思って聞くと、桐原さんはゆっくりと瞬きをした。
「いや……」
 それから一瞬だけ目を伏せた。すぐにまたこちらに向いた表情からは、さっきの動揺は消えていた。
「その時は、ぜひご用命を」
 おどけて笑う顔は、何事もなかったように元のままだった。
 何だったんだろう、と不思議に思うけど、私の勘違いだったのかもしれない。
「もう戻ろうか。そろそろ寒くなってきたし」
 確かに風が吹いてきて、顔が冷たくなっていた。手で頬を温めるように包み込んでいると、桐原さんが腕にかけたままだったマフラーをわざわざ首に巻いてくれた。
「ありがとうございます」
 子供みたいで照れくさいけど、大事に扱われているようで嬉しい。
「寒そうにさせて怒られるの俺だから」
 行こう、と先に立って歩き出す。今度は気をつけてね、と階段のところで言われて、むくれて見せると桐原さんがおかしそうに笑った。