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「隣、いい?」
 声をかけられて、手元の課題に向けていた顔を上げると、にこにこ笑った潤平くんが荷物を机に下ろしていた。
「おはよ。それ、全部読んできた?」
「量が多すぎて、きちんとは読めなかったけど、大体は」
「すっげー、さすがヒナ。俺途中でめんどくさくなって寝ちゃったよ」
 笑いながら自分の分のレジュメの束を取り出している。
 潤平くんが言った通り、かなりの授業を一緒にとっていることが判明して、新学期が始まってから声をかけてくることが多くなった。愛香がとっていない講義の時は、こうやって隣同士で座ることもよくある。下の名前で呼んで、と会うたびに言われるので、だんだん面倒になって、潤平くん、と呼ぶようになった。
「そういえばさ、俺ヒナの片思いの相手に会ったよ」
「えっ?」
 いきなりそんな話題を出されて、驚いて彼を見つめる。
「パトリの読モ、新しく募集してたから応募したら受かっちゃってさ。カメラテストに来たのが桐原って人だった。これから一緒に撮影とかあるかもだから、よろしくね」
「よろしく、だけど、なんで? モデルとかやりたかったの?」
「ちょっと興味はあるくらいで、自分で応募するほどじゃなかったんだけど。ヒナと一緒なら楽しそうだな、と思ってさ」
 こういうことを、本気なのかそうなのかよくわからない口調で言うから、私はいつも戸惑ってしまう。彼氏候補にして、なんて言ったくせに、それ以降好きだとか付き合ってとかいう言葉は一度も口にしないし、かと思えば遠まわしに口説くような甘い言葉をかけてきたりして、いつも一方的にドギマギさせられてしまう。
「桐原さんと、何か話した?」
 余計なことを言ったりはしていないだろうか。
「普通に世間話くらいはしたけど」
 さすがにいきなり私の話はしないか。これから撮影が一緒になることもあるんだし、初対面で気まずい雰囲気にするほど潤平くんもバカじゃないだろう。
 ほっとした私の表情を見て、潤平くんがニッと笑う。
「ヒナのこと本気で口説いていいか、確認は取った」
「はああっ?」
 バカだった。もっと大人な人だと思ってたのに。
「なにワケわかんないこと聞いてるの?」
「だってさ、せっかくライバルに会えたんだし。宣戦布告しとこうと思ってさ」
「ライバルって……っ」
 別に桐原さんは私のことが好きなわけじゃない。私が一方的に好きで、だから潤平くんが私を好きって言っていても桐原さんはライバルになんかならないはず。そんなの勝手に因縁つけてるだけで、桐原さんだって迷惑に思うに決まってる。