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そのあとは結局、柴田と奥さんも交えて四人で食事をした。柴田がひたすら俺たちの高校時代の暴露話をし続けて、しかも余計なことばかり言うものだから、途中で口喧嘩みたいになっていたけど、日南子ちゃんはずっとおかしそうに笑っていた。
いい頃合いでそろそろ帰ると切り出すと、柴田が奥さんと並んで外まで見送りに出てくれた。ちょいちょい、と手招きをするので近寄ると、耳元で小さく言った。
「早めに素直にならないと、あの子、誰かに取られるぞ」
二人でいる時になにをどこまで聞いたのかわからないけど、意味ありげに笑う顔にムッとする。殴ろうとしたけど避けられた。
「道端さんも、また来てね」
「はい。ありがとうございます」
「ガクはいらないけど」
「うるさい」
さっさと車に乗り込む俺に慌てて続いて、日南子ちゃんは最後にもう一度丁寧に会釈していた。
帰りの車の中、彼女はしばらく楽しそうに話していたけど、そのうち静かに寝息を立て始める。
急に静かになった車内で、柴田の声が脳裏に浮かぶ。
ーーあの子、誰かに取られるぞ。
そんなこと、言われなくてもわかってる。
ついこの間まで、俺自身が望んでいたことだ。他の誰かに目を向けて、俺になんか興味がなくなってしまえばいいと。
でももし、実際にそうなったとしたら、今の俺はきっと大きな喪失感に苛まれるに違いない。そのくせきっと、取り戻そうなんてあがくことはできない。いつも通りにそのまま忘れてしまうのだろう……そうなるように、努力するのだろう。
卑怯なのはわかっているけど、俺は今のこの状態が、いつまでも続くことを望んでいた。俺からは何も伝えないくせに、彼女が真っ直ぐ俺だけを見てくれている、この贅沢な状態。彼女にとっては、決して幸せな状態と言えないことはわかっているのに。
彼女が微かに身じろぎをして、そのせいで髪が落ちて顔にかかる。ちょうど信号にひっかかったので、そっと横によけてやると、薄く開いた唇から、ん、と声が漏れた。つられるように唇に手が移る。そのまま親指でそっと、唇をなぞる……。
ププー、と後ろの車にクラクションを鳴らされて、我に返った。とっくに信号が青に変わっていて、慌ててアクセルを踏む。ちらっと日南子ちゃんを確認したら、少し眉をひそめただけでまだ眠りの中だった。
なにをやってるんだ、俺は。
自己嫌悪に陥りながら、ハンドルを握りなおす。今はまだ、もう少しこのままでいたい。彼女の目が、まだ現実に向かないでいて欲しい。
これ以上彼女を起こさないように、そして余計なことを考えずにすむように、いつもよりも何倍も運転に集中した。