Prologue

 部屋の中の写真だった。

 家具も何もない、誰もいない部屋の中。出窓にぽつん、と二つ寄り添うようにマグカップが置かれていた。窓から差し込む夕日が、ほのかに赤く部屋を照らし、マグカップの影だけが長く伸びる。カーテンすらない、からっぽの部屋。
 ただそれだけの写真なのに、なぜだかそれを見た瞬間、涙が止まらなかった。
 大好きな母を突然失って、それを現実と受け止められないまま、ただ虚ろな気持ちをぼんやりと持て余していた私の心を、深く、突き刺した。
 ああ、いないんだ、と。なぜかその時、はっきりと思った。
 当たり前だと思っていたぬくもりが、もう、遥か遠くに行ってしまったのだ。明日になっても、来年になっても、私が大人になっても、もうお母さんに名前を呼んでもらうことはできないんだ。
 人目もはばからず、私は泣いた。一枚の写真の前で。
 それからもずっと、その写真は私の心の奥底に留まり続けていた。