『こえど湯』の暖簾をくぐり、スニーカーを脱いで下足箱に放り込んだ。
下足札を引き抜いて、男湯の木戸を押し開ける。
ウィークディの午後四時。さすがにまだ客は少ない。
パーカーのポケットから掴み出した小銭で入浴料金を払うとき、ちらっと番台に座る人物を見た。
(ふ、ふわあああああああ)
またもや、なんとも言えない絶望的な衝撃を覚えて、大吾は思いきり天井を仰いだ。
掃除の行き届いた清潔な格天井は、少し赤みのある板と黒ずんだ格縁を使用している。子どもの頃から見慣れた懐かしいものだ。
大吾はぷるんと頭を横に振ってから、番台に置いた小銭を回収し、下足箱からスニーカーを掴み出す。
土間に投げ落としたら、「もういい加減にしろよ」と嘲笑交じりのハスキーな声がした。
びくっとして、大吾は恐る恐る振り返った。
番台に座っていた人物が軽く身を乗り出して大吾を見ている。
肩に届くくらいの栗色の髪。あまり陽に焼けていない肌は滑らかでつるつるで、まるでファンデーションを叩いたみたいに整っている。丁寧に手入れした眉や形良い鼻筋、口角が自然にきゅっと引き上がった唇。
実に整っている。
赤っぽい天井同様、九歳のときにグラウントで顔を合わせて以来、よく見知っている綺麗な顔立ちだ。いつも、どんなときも、周囲から褒められていた。
そして、大吾にとってもスターだった。心の支えだった。
彼がどこまで突き進んでいくかを楽しみにしていたのは、どんなファンよりも大吾が上だ。