千幸は宣言通り、無名高校を見事甲子園の大舞台に引っ張り上げた。
地元ではお祭り騒ぎとなり、大応援団が組まれ、試合の日には商店街が開店休業状態になった。
二年の春、夏、三年の夏の三度の甲子園出場で、ベスト8が最高位だったけれど、「岩石」とバッテリーを組む王子さまみたいな扱いで千幸は社会現象並みの人気を集めた。
有名大学やプロ野球から声がかかった千幸と比べ、大吾は三流大学から軽い接触があった程度だったものの、実力の差はとっくにわかっていたから羨ましいと思うことも僻みもなかった。
むしろ千幸がどこまで進んでいくのかが楽しみだった。
顔を合わせなくなっても、口に出さすとも、時間が過ぎても、大吾にとっては最高の心の支えだった。
「え、なに? 急に」
「覚えてるわよね?」
母が身を乗り出すようにして重ねて訊いてくる。
「覚えてるよ」
「そうよね、あたりまえよね」
大吾の返事に満足したのか、母は小刻みに数回頷いた。ちょこんと正座しているせいか、その動きが妙に可愛らしい。
母は四十六歳という年齢には見えないくらいに相当若々しい。高校二年くらいまでは試合に応援に来ても年上の彼女なんじゃないかと冷やかされたこともある。
いま母が話題に出した里梨千幸から「岩石」と呼ばれ続けてきた大吾とはまったく似ていないのだから無理もない。
「で、千幸がどうしたの?」
「おうちを継いだのよ。なんかびっくりよね。ほんとびっくりでしょう。千幸くんはあんたと違ってまだまだ野球やると思ったのに」
母はまた小刻みに頷いて、まるで自分に言い聞かせるみたいな口調で続けた。
「おうち継いだって……『こえど湯』?」
「そう、『こえど湯』」
「うえぇええええええ????」
想像もしていなかった展開に、大吾は思いきり素っ頓狂な声を上げた。