「『しがや』の客としても、だけど、それ以上に個人的にって意味」
「え、え? あ?」

 あまりに意外な言葉で、真幸は間抜けな反応しかできなかった。声もいびつに裏返った。

「どういう……」
「おれ、姐さんが好きだよ。何人かの女性とつきあってみて、余計にはっきりとわかった。おれは姐さんが好きだし、おれに合うのは姐さんだけだ」

 訊き返そうとした真幸の声に被せて、正之丞は一気に言い切った。手にしていた割り箸を肉じゃがの小皿に置いた。

「え、いや、でも、ほら、わたし年上だし」

 間抜けな動揺を色濃く残したまま喋るから、真幸の声は自分でも笑ってしまいそうなくらいに上擦っていた。
 きょうだいや喧嘩友達のような存在の正之丞からこんなことを言われるなんて、想像したこともなかった。
 いまのふたりの関係に変化が起こるわけがないと、ずっと思っていた。

「五歳くらいどってことないんだけど」

 すかさす正之丞が答えた。

「え、でもね」

 なおも否定を続けようとした真幸に、正之丞は「姐さんのでもでもだっては、ぜんぶ打ち返せると思うよ、おれ」と微かに笑みを浮かべた。

「いますぐに答えがほしいわけじゃないんだ。おれの言葉を聞いた今日から、考えはじめるんでいい。姐さんの恋愛対象におれがいなかったんなら、これから加えてほしい。そういうことなんだよ」
「……でも、正之丞さん……」
「でもは、もうなし」

 うだうだと「でも」を並べる真幸を迷いなく見つめ、正之丞はびしゃっと切り捨てた。噺の中で誰かを叱りつけたときのような口調だった。
 思わず背筋が伸びた。
 真幸はぎくしゃくと正之丞に向き直った。正之丞は微笑みを湛えたまま、その動きを待っていた。

「考えてみて」

 正之丞は真幸と眼が合うのを待って、ひどく穏やかにそう言った。

「たくさんたくさん考えてみて。姐さんとおれがいっしょに生きていけるかどうか。真剣にちゃんと考えた結果がごめんなさいなら、おれは受け止めるから」

 あまりに真剣な口調に、真幸は唇を引き締めた。
 いままで正之丞と自分を男女として意識したことはなかったけれど、ここまでしっかりと伝えられた以上、直視しないわけにはいかない。誤魔化したり予想外だからなんて言い方で逃げてはいけない。

「時間はいっぱいかけていいよ」

 正之丞は、これまで一度も見たことがないくらい穏やかに優しく頷いた。笑みの形になったままの表情がひどく美しかった。

 ――考えよう。これから、きちんとまっすぐに。

 真幸は言葉にはのせずに、ただ強く頷いていた。

「……良かった。ありがとう」

 心底から嬉しそうに、正之丞が頭を下げた。