「おれね、真幸……姐さんの料理好きなんだ」

 正之丞は、真幸の呼称代わりにしている姐さんの前に名前を入れた。これも珍しいことだ。

「このいしる汁も肉じゃがも筑前煮も豚肉巻きもぜんぶ美味いし、どれも好きだ。ほんとに口に合う」
「あ、ああ。そうなんだ。ありがとう」

 淡々と、だが、真摯に料理を誉める正之丞の口調が妙に照れくさくて、真幸はさり気なく目線をずらした。正之丞を正面から見ているのが、なんともいたたまれない気分だった。

「実家のおふくろのメシより好きだ」

 正之丞の「好き」は更に続く。真幸はかあっと顔が熱くなるのを感じた。
 いま、彼が言い続けている「好き」は、あくまでも真幸の料理に対するものなのに。
 すべてが自分に直接跳ね飛んでくるみたいな感覚だった。

「できれば、これからもずっと姐さんのメシを食いたい」
「……う、うん」

 真幸は小刻みに頷いて、「いつでも食べに来てよ。毎回は奢らないけど」と続けた。
 正之丞はふうっと深く大きなため息を吐いた。こんなに誉めたのに奢らないと言われて、つまらないと思ったのかもしれない。
 でも、正之丞みたいな健啖家を毎回ロハで食べさせていては、『しがや』が立ち行かなくなってしまう。

「そうじゃないよ」

 少しの間を置いて、正之丞は低く言った。
 なんとなく怒っているように聞こえて、真幸はちらっと正之丞を覗った。正之丞はまっすぐに貫くように真幸を見つめていた。