プロローグ

 いつからだっただろうか。人に怯えて、目を合わせなくなったのは。いつも体を縮め、面ばかりを見ていた。
 わたしの心の中は、この数年は曇り空のち雨空だ。原因はイジメだ。それが始まったのは、中学二年の五月からだ。もともと控え目で自分に自信のない性格のわたしは友達を作るのが苦手で、クラスではいわゆる「ぼっち」と呼ばれるものであった。それがきっかけで上位層のグループに目を付けられ、イジメが始まった。最初は教科書やノートに『陰キャ』とか『ぼち子』とか『学校に来るな』などの落書き程度だったが、次第にカバンを隠されたり、無理やり脱がされ下着姿の写真を撮られたりもした。わたしは部屋に引き籠るようになった。両親は心配して声を掛けてくれるが、わたしはそれに答えることはできなかった。恐くて辛くて、両親にも厚い壁を作った。
 心配する両親、不登校の対応する担任の声に答える事もなく、わたしは自分の殻に閉じ籠る日々が続いた。ある日、わたしに来客が訪れた。神社の宮司を務めている叔父の芳成さんだ。部屋に引き籠るようになったわたしを心配して、両親が芳成さんに相談をしたらしい。芳成さんは優しい声で「美菜、入っていいか」と尋ねられたが、わたしは誰にも会いたくなくて「入らないで」と弱々しい声音で芳成さんにも壁を作った。すると「わかった。じゃあドア越しでお喋りをしないか」とにこやかにわたしへ提案をした。どんなときでも物腰柔らかに接してくれる芳成さんは、いつも救ってくれる。幼い頃からいつも相談をするのは芳成さんだった。芳成さんは職業柄もあるだろうが、常に穏やかで話しやすかった。よく小学生のときはよく文通をしていた。わたしはドアに背中を任せて座り、頬を赤く染めながら「いいよ」と返事をした。
 たわいのない会話をした。それからわたしは学校でイジメを受けていた事を話した。芳成さんは何も言わずうんうんと訊いてくれた。それだけでもわたしはとても嬉しかった。両親は大騒ぎをするから言えなかった。芳成さんはそれを察してくれていて、両親に話した際に、あまり騒がないよう言ってくれた。
 その後、わたしは保健室登校という形で学校に復帰をした。そして両親の提案で中学を卒業したら芳成さんの家に引っ越すことにした。芳成さんもわたしのことを暖かく向かい入れてくれた。
 新しい土地で、わたしの心を晴天の空にする恋をすることになった。