その週の木曜日。午後がオフの俺はドルーを連れて、いきつけのドッグランへとやって来
た。
うちから歩いて行ける距離にあるこのドッグランは、市営の公園だ。植物に囲まれた小道
沿いにあって、こぢんまりとしている。よそから犬が集まってくるというよりは地元の人に
愛されている穴場という感じで、平日などはほとんど誰もいない。
俺は休みが不規則なので、混んでる土日にもガラガラの平日にも利用しているんだけど、
木曜日によく会う犬と飼い主さんがいた。それがゴールデンレトリバーのウェンディだ。
「あ、いたいた」
緑の生い茂る小道の奥に、ベンチの置かれた広場がある。そこがドッグランのコーナーだ。
広場をのびのびと走っているウェンディを、サングラスをかけた青年と中年の女性がベン
チに座って見ている。ウェンディの飼い主……もとい、パートナーの宗方京介さんと、その
母親の蓮美さんだ。
京介さんは約一年前に事故で視力を失った視覚障碍者だ。その後、盲導犬のウェンディを
パートナーにしたという。
盲導犬は他の犬猫に反応しない訓練をしているので、盲導犬協会によってはドッグランに
行かせることをあまり勧めないらしい。けど京介さんは、盲導犬になる前は走るのが大好き
だったウェンディを、今でも思いっきり走らせてやりたいとの思いから、他に誰もいないド
ッグランを探してはこうしてやって来ているとのことだ。
特にここは平日誰もいない確率が高い穴場らしく、蓮美さんが運転し、わざわざ埼玉から
車で一時間かけてやって来ている。
初めは俺とドルーがやって来たのを見ると京介さんたちはそそくさと帰ってしまってい
たが、そのうち彼の事情を聞くようになり、かち合ったときは時間をずらして出直すなり、
ドルーにウェンディに近づかないよう命じて、はじっこで遊ばせるなどするようにした。
「こんにちは、宗方さん。天澤です」
近づいて声をかけると、宗方さん親子はベンチに座ったままこちらを向いて会釈した。
「こんにちは。ドルーちゃん、お元気?」
「はい。今日もはじっこちょっとお借りしますね」
にこやかに話しかけてきた蓮美さんに俺も笑顔を返し、隣のベンチに腰を下ろすとドルー
のリードを外した。ドルーはウェンディがいる方とは逆側に、トコトコと歩いていく。
それを見て「ドルーちゃんは本当にお利口ねえ」と安心した蓮美さんは、持っていた鞄か
らタッパーを取り出すと蓋を開けて俺に差し出してきた。
「おひとついかが? うちでとれた金柑をお砂糖に浸けたの。甘くて喉にもいいのよ」