転生聖女は幼馴染みの硬派な騎士に恋をする

【相坂リンの告白⑭】

 まるで凍える氷の眼差し……
 凄い目付きで私を見る、シスターステファニー。

 私はとても嫌な予感がし、思わず目をそらした。
 早くトオルさん達が席へ戻って来て欲しい……
 そう願いながら。

 でも、期待は虚しく、中々トオルさん達は戻っては来ない。
 そのうち、シスターステファニーが立ち上がった気配がした。
 案の定、私の席までやって来る。
 彼女は、開口一番。

「シスターフルール、騎士様達が戻るまで、ちょっとお時間を頂けますか」

 騎士様達が戻るまでって……
 シスターステファニー、貴方の対面にはちゃんとリュカさんが座っているじゃない。

 でもそんな私の心の声は、彼女には全く届かない。
 「ちら」と見やれば、完全放置されたリュカさんが呆然としていた。

 あ~あ……悲惨。
 完全に撃沈って感じかも……

 でも私だって人の事など言えない。
 明日は我が身……かもしれないから。

 仕方がない、覚悟を決めよう。

 頷く私を促し、シスターステファニーは個室の片隅へと誘った。
 私も仕方なく着いて行く。
 そして……

「シスターフルール、折り入ってのお願いがあるのですが」

「折り入ってのお願い……ですか?」

 うっわ!
 ホントに、いや~な予感……

「はい! 単刀直入に申し上げます」

「は、はい……何でしょう?」

「お願いとは……私をフォローして頂きたいのです」

「フォロー?」

 一瞬、戸惑った私だが、すぐ彼女の言う意味を知らされた。

「はい! ズバリ私はレーヌ子爵様が好みです。ぜひ親しい間柄になれればと思います」

 やっぱり!
 私の嫌な予感は当たった。

 でもはっきり言って、そんな願いは断りたい。
 絶対に、ごめん(こうむ)りたい。
 
 何故かと聞かれれば、こう言いたいのだ。
 シスターステファニー、私を頼る貴女の気持ちは嬉しい。
 だが、断る! と。

 う~ん、私はやっぱりラノベの読み過ぎ。
 こんな時でさえ、受け狙いで、あの有名なセリフが心にリフレインしてしまう。

 でも断る理由を具体的に!
 と、問われればはっきりとは言えない。

 まさか私とトオルさんは転生者というか異世界転移者だなんて……
 絶対に信じて貰えないし、ね。

 それに一旦離れ離れとなったのに、運命の再会を果たしたなんて言ったら尚更。
 即座に創世神教会付属病院へは運ばれるかもしれない。

 もしもはっきりした理由を告げずに断れば、先ほどの懸念は現実となるやもしれない。

 でも……
 私はもう怖れない。

 トオルさんとは運命の再会を遂げたのだから。
 ベタな表現だけど、彼とは宿命の絆でつながっている。
 そう、断言出来るから。

 つらつら考えていた私に対し、シスターステファニーは怪訝な表情をする。

「どうかしましたか、シスターフルール」

 いやいや、どうかしました、じゃない。
 私はこんなにも悩んでいる。

 でも……もう決めた!
 きっぱり断ろう。

「ごめんなさい、シスターステファニー。貴方のご期待には沿えません」

「期待には沿えないとは? ……そういう事ですか?」

 そういう事って、どういう事なのか……
 私にはピッタリ確定出来ないけど……
 多分、当たってる。
 だからはっきりと返事をする。

「はい、シスターステファニーのご想像通りです」

「成る程! では……勝負です」

「勝負?」

「シスターフルール、私は貴女へ宣戦布告致します」

「宣戦布告?」

「はい! 私はどんな手を使ってもレーヌ子爵を振り向かせてみせますから」

 うわ!
 どんな手を使っても、ってこの子……
 
 思わずシスターステファニーの姿が、
 愛読したラノベの性悪な悪役令嬢にピタリと重なって来る。

 先ほどいろいろと考えていた不安が、もしも現実になったとしたら……

 シスターステファニーの祖父、枢機卿の命により……
 私は多分、創世神教会には居られなくなる。
 当然、聖女の身分は、はく奪されるだろう。
 加えてフルールの父ボードレール男爵にも多大な迷惑をかけるかもしれない。

 でも……私は愛を貫く。
 いざとなれば、全てを捨ててトオルさんと一緒になる。
 
 身分に縛られる貴族のクリスさんなら無理ゲーでも……
 彼の心の中がトオルさんなら、私をけして見捨てたりはしない。
 そんな確信が私の心をたっぷりと満たしている。

 異世界にいきなり放り出され、
 たったひとりきりの『ボッチ』だと思っていたけれど……
 実は全然違っていた。
 
 私には……
 前世で巡り会った運命といえる、愛し愛してくれる人が居る!
 この異世界でも、ちゃんと待っていてくれた!

「私も負けません」

 はっきりと言い放った私のカウンター、
 つまり『宣戦布告』を聞き、
 シスターステファニーはその可憐な顔立ちを僅かに歪ませたのであった。
【大門寺トオルの告白⑭】

 凄まじい万力のように、俺を抱き締めていたジェロームさんは……
 5分ほど、そのままだった。
 だが……
 さすがに飽きたのか、解放してくれた。
 ちなみに、たった5分だが、凄く長~く感じた。
 
 と、いうわけで……
 ようやく身体を離され、安堵した俺は、
 未だ荒い息で、思いっきり噛みながら尋ねる。

「はぁ、はぁ、はぁ……で、で、ではっ!」

「おう!」

「お、俺が、ジェローム将軍の軍師、もしくは参謀ということで……よ、宜しいですね?」

「おお! 構わない! 今夜の『聖女攻略大作戦』……成功は軍師である、お前の指示にかかっている」

 あれ?
 ジェロームさん……『聖女巫女攻略大作戦』って……
 機嫌が完全に直ってる。
 
 ああ、良かった。
 それどころか、却ってノリノリになっている。
 
 落ち着いた俺がジェロ―ムさんと、改めて色々話すと……
 結構ユーモアがある人だって事も分かった。
 硬派で真面目なのは既に分かっていたけれど、実に意外だった。
 
 俺と同じ甘党同士という事で、趣味もバッチリ合いそう。
 これなら、更に良き上司となってくれる。
  
 そして、こんな時は、素直に告げておいた方が良い。
 俺がさりげなく、
 「真向かいのフルールさん(りんちゃん)が気に入った」と伝えたら、
 ジェロームさんは、協力しようと返してくれた。

 これで良し!
 多分、誠実なジェロームさんは裏切らないだろう。
 リュカが気にはなるが、リンちゃんは身持ちが堅いし、俺ひと筋……
 とりあえず、今夜は上手く行きそうだ。

 こうして……
 俺とジェロームさんは個室『宝剣の間』へ無事、帰還した。

「ただいま、戻りました!」

「おう! 戻ったよ!」

 俺とジェロームさんは、大きな声で帰還宣言をして、元の席に座った。

「お帰りなさい~! 待ってたわ」

「ただいまっ」

 おお、リンちゃんたら、
 気を利かせて、嬉しい事を言ってくれる。
 相変わらず爽やかな、笑顔もまぶしい。

 俺もつられて笑顔で元気よく返事をした。
 
 そして「ええっと、他のメンツは?」と、俺が見やれば……

 特に気になっているのは……
 空気詠み人知らずのジェロームさんから余波を受けたシュザンヌさん。
 このままではでは、とても可哀そうだから、必ずケアしないといけない。
 
 そして……
 アランとジョルジェットさんは幹事同士、
 相変わらず『ふたりきりの世界』に入っている。

 ぶっちぎりで不機嫌MAXなのが……
 好みではないらしいリュカの相手をずっとしている枢機卿の孫娘ステファニー殿だ。
 片や、リュカは必死だけど、顔には少々の疲れと大きな焦りの色が見えている。

 場の空気が、……澱んで(・・・)いる。
 ちょっとだけ、流れを変える必要がありそうだ。

 そうだ!
 最初に決めたルール通り、時計回りで席替えをするのが吉。
 
 愛するリンちゃんと、離れるのは、正直辛いが……
 ライバル達の目標は見えている。
 ジェロームさんには根回しをバッチリしたし、リンちゃん対策はもう大丈夫。
  
 よし、決めた。
 それしか方法は、ないだろう。

「ええと……そろそろ席替えを……」

 アランから司会進行役を任された俺が、そう言った瞬間。

 どかんっ!
 ミシッ!

「わっ!」
「ああっ!」
「きゃっ!」

 誰かが、床を思い切り踏んだ。
 
 吃驚して、音がした方を「そうっ」と見れば……
 アランの傍の床が半壊していた。
 迷宮の古い敷石には、大きな亀裂が入っている。
 
 おお!
 何という、パワー。
 さすが、赤い流星。
 戦いと恋のパワーは、共に常人の10倍らしい……

 しかしアラン本人は、視線をこちらへ動かさず、
 標的であるジョルジェットさんをじっと見つめたままだ。

 おお!
 凄い集中力である。
 
 し、しかし、床を破壊したこのデモンストレーションは?
 一体どのような意味があるのだろう?

 暫し考えた俺にはピンと来た。
 
 そうか、分かったぞ。
 まだ、席順を動かすな! 
 そういう指示……だよな?
 
 分かった!
 アランよ、了解だ!
 合コンの極意って、全てにおいて、臨機応変さに尽きる。

 雰囲気が、凄く微妙だが……
 気を取り直して、仕切り直しと行こう!

 でも、さすが。
 アランは公私混同せず、この微妙な状態を放置しなかった。
 結局、「あと10分、席を現状のままで」と、
 彼自身の口から延長申し入れがあった。
 
 そうか……
 あと、10分あれば……
 「標的のジョルジェットさんを、確実に落とす」という意味だろう。
  
 ここでアランの『意向』を、ジェロームさんだけは伝えておく事にした。
 
 さすがに、分かってはいるだろうが……
 戦いとは違い、恋に関しては経験値が絶対的に少ない、
 真面目過ぎるジェロームさんだ。  
 
 常に、俺は万全を期す。
 ただし、声が大きくなってはまずい。
 なので、小声で話すようにも言う。

「ジェローム将軍、アラン参謀の目標は……ジョルジェットさんです」

「ふうむ、我が軍師よ……あのジョルジェットという娘の優先交渉権は、この会の発案者であるアランの既得権……という事だな」

 優先交渉権?
 既得権?

 何か、表現が凄く政治的だ……
 でも、当たってるし、そういう事。
 さすが、ジェロームさんは上級貴族。
 女子への接し方はともかく、このような話の理解は素早い。

 まあ、良い。
 『軍師』の俺も愚図愚図せず、早速、作戦開始だ。
 
 さあ、話題を変えよう。
 ジェロームさんが……
 つまり『将軍』が得意にしている、あのネタを振らないと!

 俺は、場の空気を和らげる為、またもおどけた表情を見せる。
 ははは、俺は完全におとぼけキャラ。
 元のクリスにはすまないと思うが、もうやけくそ。

「シュザンヌさん! フルールさん! お菓子は好き?」

「大好き!」

「超好き!」

 やっぱりだ。
 女性で、お菓子が嫌いな人は見た事がない。
 
 ふたりとも、満面の笑みで応えてくれた。
 良いぞ!
 会話が、少しずつ、盛り上がって来た。

 よっし、ここはジェロームさんの為に、更なるフォローだ。
 話題を、シュザンヌさんへ振ろう。
 
「シュザンヌさんは、お菓子とか、ご自分で作ったりするのですか?」

「ええっと、私は、あまり……」

 俺の質問に対し、シュザンヌさんが、極端にトーンダウンしてしまう。
 彼女はあまり、料理やお菓子つくりが得意ではないらしい。

 おお、これは凄いチャンスだ。
 俺は、ジェロームさんにこっそりと囁いた。

「チャンスです、ジェローム将軍、作戦を開始しましょう」

「うむ!」

「ほうらシュザンヌさんが、お菓子の事で困っていますよ。女性に、優しくするのが騎士の本分でしょう?」
 
「おお、クリストフ。さすが我が軍師、ナイスフォローだ」

 ジェロームさんは笑顔で頷くと、
 シュザンヌさんへ、大きな身振りで話しかけたのである。
【相坂リンの告白⑮】

 ようやく……
 トイレに立ったクリスさんとジェロームさんが個室『宝剣の間』へ戻って来た。
 少し長かったから、何か相談事をしていたのかもしれない。
 
 でも、良かった!
 シスターステファニーとは恋の火花を散らしていたから、結構辛かった。
 
 そのシスターステファニーは、やはり熱い眼差しをクリスさん、
 否、トオルさんへ送っていた。

 確信した。
 シスターステファニーは本気だ。
 こうなるとトオルさんを巡っての戦いは、避けられそうもない。
 でも、私は絶対に負けない!

「ただいま、戻りました!」

「おう! 戻ったよ!」

 王都騎士隊の隊長、副長のふたりは、大きな声で帰還宣言をして、元の席に座った。
 ちなみにアランさんは一足先に戻って、
 早速シスタージョルジエットと話し込んでいる。

 辺りをはばかるようなひそひそ話なので、良く分からないが……
 どうやら真剣なやりとりを行っている。
 喧嘩ではないのが、幸いだが……

 でも人より自分の恋。
 よっし、ここは先制攻撃。
 シスターステファニーに勝つ為に、ことわざ通り先んじよう。

「お帰りなさい~! 待ってたわ」

「ただいまっ」

 「挨拶は元気良く!」が、看護師である私のモットー。
 あ~んど、爽やかな、笑顔を合わせるのが基本。
 
 お互いに気持ち良いから。
 うん、トオルさんも分かっていて、素敵な笑顔で返してくれた。

 でも、トオルさんは私に挨拶した後、きょろきょろしてる。
 あれ、シスターシュザンヌを見てるぞ。
 どうして?

 と、不思議に思った私は、はたと気付いた。
 
 トオルさんはいつもの癖が出たのだと。
 『愛の伝道師』としての、気配り癖が。
 
 案の定、哀しそうな表情をしてる。 
 先ほどジェロームさんから冷たくされたシスターシュザンヌを、
 何とかケアしてあげたいと考えているに違いない。
 相変わらず優しいなぁ……

 ついトオルさんの仕草を観察してしまう私。 
 次にトオルさんは、アランさん、そしてシスタージョルジエットを見た。
 
 先ほども言った通り、
 幹事同士、ずっと『ふたりきりの世界』に入っている。

 私が最後にトオルさんが見たのは……
 恋敵(ライバル)で、いやいやリュカさんの相手をしている、シスターステファニーだ。
 必死にシスターステファニーを口説くリュカさんだが
 疲れと焦りの色が見えている。

 改めて見やれば、一番『危険人物』だったシスタージョルジエットだけが幸せになっている。
 古いベタなギャグだけど、な~んでこうなるの!?
 
 シスタージョルジエット以外の参加メンバーは、私も含め、
 いろいろ『難あり』となっている。
 その上、そろそろ男子チームの席が変わる頃だ。
 トオルさんが移動して、シスタージョルジエットの対面に座ってしまう。
 更にその次は……
 シスターステファニーの対面に座ってしまう。

 と、その時。
 トオルさんが一声。
 私の勘は良く当たる。 

「ええと……そろそろ席替えを……」

 どかんっ!
 ミシッ!

「わっ!」
「ああっ!」
「きゃっ!」

 シスター達の悲鳴があがった。

 私だって驚いた。

 わあああっ!
 誰かが、床を思い切り踏んだよっ。
 
 音がした方を「そうっ」と見れば……
 アランさんの傍の床がクラッシュしていた。
 結構大きなひび割れが入っている。
 
 改めて思った。
 騎士さんって、凄いパワーだって。

 でもアランさん本人は一見冷静で、微動だにしていなかった。
 視線さえ動かさず、
 シスタージョルジェットをずっと見つめている。
 ちょっと怖いかも……

 ふとトオルさんを見やれば、 
 アランさんの行為に納得したみたいで頷いていた。
 何か、ピンと来たみたい。 
 
 でも、少し経ってから、アランさんより指示があった。
 「あと10分、席を現状のままで」と、延長申し入れがあったのだ。
 
 これって、凄く分かり易い。
 つまり、あと10分あれば……
 「シスタージョルジェットと、深い仲になれる」という意味だろう。
  
 軽くため息をついた私は、改めてトオルさんを見た。
 ……トオルさんは、何やらジェロームさんと話していた。 

 そして、トオルさんが口を開いた。
 場の空気を和らげる為、わざと3枚目を演じているようだ。
 
「シュザンヌさん! フルールさん! お菓子は好き?」

「大好き!」

「超好き!」

 わぁ、トオルさんが素敵な話題を切り出した。
 女性で、お菓子が嫌いな人を私は見た事がない。
 美味しそうなお菓子を想像して、私は思わず笑顔となる。
 
 シスターシュザンヌも、満面の笑みで応えてくれた。
 会話が少しずつ、盛り上がって来た。

 ここは、『特別なフォロー』のタイミングなのだろう。
 トオルさんが、私ではなくシスターシュザンヌへ話しかけたから。
 
「シュザンヌさんは、お菓子とか、ご自分で作ったりするのですか?」

「ええっと、私は、あまり……」

 トオルさんの質問を聞き、シスターシュザンヌはトーンダウンしてしまう。
 私は知らなかったけど、
 彼女はあまり、料理やお菓子つくりが得意ではないらしい。

 シスターシュザンヌの反応を見た上で、
 トオルさんがジェロームさんへ、何か囁いている。

 すると、
 ジェロームさんは「承知した」という雰囲気で、柔らかな笑みを浮かべ、頷いた。
 そして、シスターシュザンヌへ、身振り手振り付きで話しかけたのである。
【大門寺トオルの告白⑮】

 ヴァレンタイン王国武家の名門。
 カルパンティエ公爵家の御曹司。 
 
 数多ある王国軍の要。
 その王都騎士隊隊長の意外な趣味……
 硬派で武骨な男が、これまでおくびにも出さなかった甘党の嗜好。
 
 大好きなお菓子の話題で、シュザンヌさんへ話し始めたジェロームさん。
 女子に対しての『ぎこちなさと口下手』がまるで嘘のように、喋りまくった。
 お菓子の話だけでいえば、まるでディベートの達人である。

 片や、シュザンヌさんもまんざらではなさそう。
 ぎこちなかった顔付きが、徐々に笑顔となり……
 遂には身を乗り出すくらい熱心に菓子の話を聞いていた。
 
 聞き手がこうなれば、ジェロームさんの話は益々熱を帯び、口調はとても滑らかとなる。

 こうして……
 完全に『合コン覚醒』したジェロームさんは菓子の様々な話を振り……
 頃合いを見て、途中から俺とリンちゃんが入り、
 4人で展開された会話は、異様に盛り上がった。
 
 改めて4人で、じっくりといろいろと話してみて、
 更に吃驚(びっくり)
 
 まずジェロームさんは、様々なお菓子の作り方に精通していた。
 それどころか、王都のありとあらゆる製菓店の情報にも詳しかった。
 よくよく聞けば……
 休みの日はこっそりと、ひとりで食べ歩きまでしているという。
 長い付き合いである副長の俺でさえ、硬派で武骨なジェロームさんにこのような趣味があったとは全然知らなかった。

 そこらへんを突っ込んだら、知り合いに出くわしても絶対にばれないよう、
 バッチリ変装していたという。
 
 普通、そこまでする?
 凄いよ。
 この人は立派な菓子オタク、
 否!『菓子マニア』だ。
 
 でも……
 どこぞのお洒落なパティシエみたいに厨房でお菓子を作るのはともかく……
 ガタイの凄く逞しい騎士が、ひと目を避け、変装までし、
 こっそりとひとりで食べ歩く……というのが、少し笑える。
 
 でもギャップ萌えというか、可愛いというか……とても、微笑ましいじゃない。
 俺は、今迄とはまた違う意味で、ジェロームさんを見直した。
 
 案の定、シュザンヌさんも晴れ晴れとした笑顔となっている。
 ジェロームさんへの印象が一転、「がらり!」と変わったと見た。
 
 盛り上がる会話の中、ジェロームさんはきっぱりと言い放つ。

「この俺が保証しよう。現在この王都で1番の菓子店と言えば金糸雀(カナリア)だな」

「ああ、そのお店なら……聞いた事があります」

 すかさず反応したのは……
 やはりシュザンヌさん。
 
 この人も、俺とリンちゃん以上に甘党だって分かった。
 であれば、ジェロームさんとは相性抜群。
 これは……素敵な予感がする。
 
 つらつら考える、俺を放置し……
 ジェロームさんとシュザンヌさんは、お菓子の話を重ねて行く。

「うむ! シュザンヌさんはご存知だったか? 実はまだ知る人ぞ知るという店なのだ」

「知る人ぞ知る……ですか?」 

「うん、これも貴女はご存知かもしれないが、金糸雀(カナリア)のパティシェは、女性だけ。全員、情熱を持って仕事をしている素晴らしい女子達だ」

「素晴らしい女子達……」

「ああ、王都では味もセンスも抜群。その上、手頃な価格で飲食出来る、小さなカフェも併設しているぞ」

 ほう!
 成る程!
 前世でも経験があるけど、こういうのはとても有益な情報だ。
 ジェロームさんの話は、お菓子に対する真摯な愛情が満ちていたもの。
 
 そんな菓子命の人が、力を入れて推薦する店である。
 100%とは言わないが、それに近い確率で『当たり』ではあるはずだ。
 
 (ひらめ)いた!
 俺もぜひ、リンちゃんを金糸雀(カナリア)へ連れて行こう。
 
 そう思って彼女を見たら、すぐに伝わったみたいでウインクしてる。
 ああ、可愛いな。 

 シュザンヌさんも、一気に機嫌が良くなったみたい。
 笑顔のジェロームさんと、仲良く話している。

 徐々に話題は変わり、お互いの仕事に関してという雰囲気。
 騎士と聖女って、結構接点がある。
 前にも言ったけど、クリスの知識によれば……
 現代、この異世界では昔と違い、戦争は殆ど無い。
 
 騎士の仕事の大部分は魔物討伐である。
 その際、聖女は回復役として戦場に同行する。
 今回のセッティングも、そのつながりから起こったものだろう。

 ジェローム将軍!
 作戦は大成功ですね。
 しかし、この後の詰めが大事ですよ。
 何かあれば、相談に乗りますからね。

 心の中から呼びかけた俺がにっこりすれば、リンちゃんもにっこり。
 お互いに、先輩が幸せになるのを見て、嬉しいみたい。 

 そんなこんなで……
 まもなく、10分が経つ。
 アランが次の席替えに指定した時間だ。

 店の壁に掛かっている魔導時計を見たら、
 丁度秒針を指すと同時に、アランがすっくと立ち上がった。
 
 さすが赤い流星。
 中央広場での集合時間には遅れたが……
 このような約束の時間には超が付く正確さ。
 標的《ターゲット》のジョルジェットさんは、というと……
 夢見るような顔付きで頬を紅くし、ぽ~っと、アランを見つめている。

 完・全・撃・破!!!

 『ひと仕事』を終えたアランは、リュカを促して立たせると、左側に座った。
 枢機卿の孫娘ステファニー殿の正面である。
 
 やっと!
 リュカから『解放』された……
 
 ステファニー殿はようやく席替えをして貰い、はっきりと安堵の表情が見える。

 一方のリュカは……
 『ど』が付くストライクで、好みらしいステファニー殿に対し、
 未練たらたら……
 仕方なくといった感じで、回り込んでシュザンヌさんの前に座る。
 
 こうして……
 俺はジョルジェットさんの前、ジェロームさんはリンちゃんの前に座り、食事会は再開された。

「ええっと! こんばんわ、! ジョルジェットさん」

 アランの合図で席替えをした俺は……
 向かい側に座ったジョルジェットさんへ、元気に挨拶した。
 
 ジョルジェットさんも、アランからかけられた甘い言葉の余韻が残っているのだろう。
 すこぶる上機嫌である。

「こんばんわ、クリス様。うふふ、先輩達と盛り上がっていたわね。楽しそうで羨ましかったわ」

 おお、そう来たか!
 いつもは屈託のないアランが見せた、真剣過ぎる様子を考えると……
 相手が相手だけに、慎重に受け答えしなければならない。
 
 このような時、アランとの間に何があったのか……
 ワイドショーのリポーターみたいな事を聞くのは絶対にご法度。
 
 無難な、切り返しがベストだ。
 かと言って、『嘘』だけはまずい。
 なので、少し悩みどころである。

「ええ、お菓子の話で盛り上がりましたよ。全員甘党だったもので……」

「うふ、私も甘党です」

「そうなんですか?」

「ええ、大きな声だから、こちらへも聞えましたけど……ジェローム様って、お菓子にとても詳しそうですね。私も色々と聞いてみようかしら?」

 おおっと!
 今度は、そう来たか!
 じゃあ、こういう切り返しって、どうですか?

「ジェロームさんとアランは、とっても仲が良いみたいです」

「そうなのですか?」

「はい、だから、お菓子の情報も、色々と共有しているんじゃないですかね?」

「へぇ! だったら、アランに聞いてみようかな?」

 ここでジョルジェットさんの言葉を、ただ聞き流してはいけない。
 彼女は様を付けず『アラン』と呼び捨てにした。
 という事は……結構親しい間柄になった証拠である。
 
 ここでは、アランのフォローだ。
 それで良い。

「ジョルジェットさんの仰る通り! 何かあれば、すべてアランに聞くのが良いと思います」

 そのアランは……
 俺の声、いやジョルジェットさんとの会話を、ちゃんと聞いていたらしい。
 大きく頷くのが、気配で分かる。

 ここで、ジョルジェットさんは話題を変えて来た。
 無難な仕事ネタだ。

「ねぇ? クリス様は騎士隊の副長ですって?」

「はい! まだまだ未熟者ですが、ね」

 ここは俺も無難に切り返そう。
 同じく仕事ネタで。

「ジョルジェットさんは、創世神様に仕える聖女様ですよね。お仕事は大変でしょう?」

 さりげない切り返しだ。
 
 しかし、このひと言が、大騒ぎの原因になるとは……
 誰にも運命なんて、分からない。
 
 ……その格言通りだったのである。
【相坂リンの告白⑯】

 ジェロームさん……
 今迄と、どこかが違う。

 否!
 全く違う。 
 360度!
 あれ、それだと元に戻っちゃうから、180度変わってしまった。

 ヴァレンタイン王国では、建国の英雄バートクリード・ヴァレンタインに付き従った円卓騎士の子孫。
 累々と続く武家貴族の名門カルパンティエ公爵家の御曹司、
 ジェローム・カルパンティエさん。 
 
 王都騎士隊では飛び抜けた硬派で武骨度ナンバーワンだと聞いた。
 独身シスター達の噂の中心人物。
 まさに『(おとこ)』という文字がぴったりの方。

 それが、それが、何と!
 今、私の目の前で!
 大好きなお菓子の話題で!
 シスターシュザンヌへ、柔らな笑みを受かべ、活き活きして話しかけてる。
  
 確かに最初はそうだった。
 ジェロームさんのファーストインプレッションは、
 噂通りの方、プラス大の口下手だった。
 女子への気遣いのなさも大きな減点だった。
 対面席のシスターシュザンヌが可哀そうだった。

 うん!
 気付いたかしら?
 全部過去形なのでっす。
 
 私は改めて学んだ。
 ごめん、若手のリュカさんはこの際どうでも良いから置いといて……
 クリスさんことトオルさん、アランさん、そしてこのジェロームさんを見てはっきりと分かった。
 やっぱり、噂ってあてにならないと思ったの。
 
 だって!
 目の前のジェロームさんは、もう別人!
 魔法で変身したとか?
 あはは、まさか!

 でも……
 女子に対しての『ぎこちなさと口下手』が消えちゃった!
 大好きらしいお菓子の話だけでいえば、ジェロームさんはディベートの達人だもの。
 騎士だけじゃなく、政治家にも向いてるかも。

 片や、シスターシュザンヌも機嫌が完全に直ってる。
 こわばっていた表情が、ぐっと柔らかくなり、笑顔へと変わってる。
 
 あらら、身を乗り出してジェロームさんとお菓子の話で盛り上がってるよ。
 うふふ、何だかふたりは、熱々な恋人みたいになっちゃった。
 
 ジェロームさんの話は益々熱を帯び、口調はとても滑らか。
 もしもフィリップ殿下がこの場にいらっしゃったら、
 政治家へまっしぐらかも、ホントに。
 
 でも!
 私だって美味しいお菓子の話は嫌いじゃないというか、超が付く大好き!
 だからトオルさんにアイコンタクトして、意思疎通。
 
 頃合いを見て、途中から私とトオルさんんが入り、
 都合4人で展開された『お菓子話』は異様に盛り上がった。
 
 いろいろと話してみて、更に吃驚(びっくり)
 
 ジェロームさんは、単に美味しいお菓子を食べるだけの方じゃなかった。
 様々なお菓子の作り方に精通していたの。
 それどころか、王都のありとあらゆる製菓店の情報にも詳しかった。
 トオルさんが聞けば、休みの日はこっそりと、ひとりで食べ歩きまでしているという。
 
 硬派で武骨なイメージの隊長ジェロームさんに、
 このような趣味があったとは、トオルさんも全然知らなかったらしい。

 でもジェロームさんは目立つ方。
 背恰好もそうだし、お父様にそっくりのイケメン顔を見ればひと目で分かるもの。
 
 なので、トオルさんも気になったみたい。
 「よくばれませんでしたね」って聞いてみたら、何と!
 万が一、知り合いに出くわしてもばれないよう、変装していたんだって!
 
 うわ!
 この人、もう単にお菓子好きってレベルを超越してる。
 お菓子超大好きな私だって、そこまではやらない。
 
 凄い。
 この人は私のラノベ趣味に匹敵する立派な菓子オタク、
 否!『菓子マニア』だ。
 
 でも……
 逞しい騎士が、ひと目を避けて、こっそりとひとりで食べ歩き……
 というのが、微笑ましい。
 
 これってギャップ萌え!?
 
 ああ、シスターシュザンヌったら。
 晴れ晴れとした笑顔を見せちゃって!
 対してジェロームさんからも、愛が感じられる。
 間違いない!
 
 おっと!
 ジェロームさんが手を高々と挙げた。
 何だろう?

「この俺が保証しよう。現在この王都で1番の菓子店と言えば金糸雀《カナリア》だな」
 
 え?
 金糸雀(カナリア)
 王都のナンバーワンショップ!?
 あららフルールは……残念ながらこのお店を知らないみたい。
 
 でも!

「ああ、そのお店なら……聞いた事があります」

 おお! 
 凄い!
 何と!
 シスターシュザンヌは金糸雀(カナリア)を知っていた。
 
 私は改めて確信した。
 シスターシュザンヌはメンバー中、ジェロームさんに準ずる甘党だって。
 
 であれば、ジェロームさんとは相性抜群。
 これは……素敵な予感。
 
 つらつら考える、私……
 一方、ジェロームさんとシュザンヌさんは、更に盛り上がり、
 お菓子の話を重ねて行く。

「うむ! シュザンヌさんはご存知だったか? 実はまだ知る人ぞ知るという店なのだ」

「知る人ぞ知る……ですか?」 

「うん、これも貴女はご存知かもしれないが、金糸雀(カナリア)のパティシェは、女性だけ。全員、情熱を持って仕事をしている素晴らしい女子達だ」

「素晴らしい女子達……」

「ああ、王都では味もセンスも抜群。その上、手頃な価格で飲食出来る、小さなカフェも併設しているぞ」

 あは!
 ラッキー!
 前世でも経験があるけれど、熱心なマニアの情報って凄く有益。
 ジェロームさんの話し方は、お菓子に対する愛情がいっぱいだったから。
 
 そんな菓子命の人が、力を入れて推薦するお店だもの。
 ほぼ完璧であるはずだ。
 
 わお!
 (ひらめ)いた!
 私もぜひ、トオルさんと行こう。
 お菓子デートってのも楽しみ!
 
 ああ、トオルさんが私を見た
 よっし、お返しにウインクしてあげる。
 
 ああ、伝わったみたい。
 今度、絶対に金糸雀(カナリア)へ行こうね。
 ふたりで一緒にね! 

 まあ、お菓子の話だけじゃなく、
 徐々に4人での話題は変わり、お互いの仕事に関してという真面目な雰囲気。
 
 元々、聖女と騎士は接点がある。
 実はこの異世界、昔とは違い、戦争は殆ど無い。
 
 騎士の仕事の大部分は魔物討伐である。
 その際、私達聖女も回復役として戦場に同行する。
 今回のセッティングも、シスタージョルジエットとアランさん、
 そのつながりから起こったものだから。

 ああ、またトオルさんが素敵な笑顔を見せている。
 大好きな先輩が幸せになるのを見て、嬉しいみたい。 
 うん!
 私もシスターシュザンヌには幸せになって欲しいな。

 そんなこんなで……
 まもなく、10分が経つ。
 そろそろ次の席替えになる時間だ。

 店の壁に掛かっている魔導時計を見ていたら、
 丁度秒針を指すと同時に、アランさんが勢いよく立ち上がった。
 
 気になった私はシスタージョルジェットを見た。
 
 うわ!
 この子……すっかり変わってる!
 アランさんを女性の敵と罵り、糾弾しようって怒っていたのに!
 
 ああ…… 
 夢見るような乙女になっちゃってる。
 頬を紅くし、ぽ~っと、アランさんを見つめているよ。

 これは、アランさんの恋の攻撃が命中!
 完・全・撃・破って奴?

 アランさんは、リュカさんを促して立たせると、左側に座った。
 シスターステファニーの正面である。
 
 そして私へ恋のライバル宣言をしたシスターステファニーは、
 席替えをして貰い、はっきりと安堵の表情が見える。
 多分、リュカさんは彼女のタイプではなかったのだろう。

 こうして……
 私の前にはジェロームさん、シスタージョルジェットの前にはトオルさんが、座り、食事会は再開されたのである。
【大門寺トオルの告白⑯】

「ジョルジェットさんは、創世神様に仕える聖女様ですよね。お仕事は大変でしょう?」

「ええ……とてもね……聖女って、大変な仕事なんです……」

 俺の(いたわ)りを聞き……
 少しは元気が出ると思いきや、何と!
 逆に一気にトーンダウン!
 急に元気がなくなったジョルジェットさん。
 
 ああ!
 何なんだ!?
 こんなのあり?
 
 でも!
 こ、これは……この状況は非常にまずい!

 と、なれば!
 ここは『聞き役』に徹する。
 それが長年愛の伝道師として活動した俺の経験則。
 
 なので俺はいつもの通り、聞き役を申し出る。
 とても、小さな声で。
 
 後から考えると、これが更にまずかったのかもしれない。
 俺がまるで、ジョルジエットさんと内緒話をしているように聞こえたのかも……

「ジョルジェットさん、仕事のストレスが溜まっているのであれば、遠慮なく愚痴って下さい」

「え?」

「他の騎士達には……絶対に他言しないよう、俺から堅く口止めしておきます。だから構わないですよ」

「……優しいのですね、クリス様」

「ははっ、愚痴聞き役なら、任せて下さい」

 たま~に、さえないおっさんがもてたりするケースがある。
 そのような人は、『聞き役』に徹する事が出来る人じゃないかと俺は見ている。
 
 更に上手な人は、その場の空気に合った、最高の台詞(セリフ)が吐ける人であろう。
 そんな『ジゴロ』には、深く悩んでいる女性なんて……イチコロだ。

 しかしここで俺は、必要以上に囁いたりしない。
 何せ相手はアランの『彼女』なのである。
 もっぱら聞き役に徹し、専守防衛作戦だ。

 ジョルジェットさんは、ホッとした表情をしている。

「だったらお言葉に甘えようかしら。……最初からお話しして構わないですか?」

「どうぞ、どうぞ」

 話が長くなりそうだが、俺は相槌を打った。
 それに聖女様の『裏事情』を知るのは大いにメリットがある。
 これから同じ聖女のリンちゃんと付き合う上でとっても大切だ。

 それにしても、ジョルジェットさんの目は真剣だ。
 結構、悩みは深いらしい。

「私が創世神教会に入ったのは、崇高(すうこう)(こころざし)があったからです」

「そうでしょうね」

「聖女となり、ひとりでも多く命を救いたい! 怪我(けが)(やまい)に苦しむ人を癒したい。その一念でした」

「分かりますよ、素晴らしい志ですね」

「ありがとうございます。日々の病気の治療は確かに大変ですが、戦場よりはまだましです」

「戦場? もしかして?」

「はい! 騎士であるクリス様は当然ご存じでしょうが、今は殆ど他国との戦争がありません。代わりに果てしない魔物との戦いが続きますよね」

 既に述べた通り、戦争無き今の時代、騎士の仕事は殆どが人外たる魔物との戦いである。
 ゴブリンやオークなどは勿論、許されざる不死者(アンデッド)との戦いは寒気が止まらないくらい怖ろしい。
 
 不死者(アンデッド)のまき散らす凄まじい腐臭、
 そして腐りかけた外見が、もしも目の前に晒されたら……
 戦慣(いくさな)れしている俺だって、
 「おわぁ! 勘弁してくれ!」と、大声で叫びそうになる。

 そんな奴らと戦う、王国の騎士や従士など、王国軍が出兵する場合……
 さっきも言ったが……
 回復役は、創世神教会の聖女様達が受け持つ。
 
 それに異世界の看護師、創世神の聖女様=治癒士の方々は、
 怪我の手当てにとどまらず、動けない兵隊の『下の世話』までするらしい。
 
 とっても大変だと思った。
 看護師同様、お金じゃない。
 この仕事が好きでなくては、絶対に出来ないと思った。
 本当に頭が下がる。
 
 もしかして……
 リンちゃんが聖女様に転生したのも、その縁?

「お疲れ様です!」

 俺は、思わず声に出して言う。
 心からの賛辞である。

 ジョルジェットさんは、俺の言葉を聞いて力なく笑う。

「はぁ……傷の惨さを見るのと、伴う治療、そして様々なお世話など、聖女として仕事は何とかこなしていますが……」

 大きく溜息を吐いたジョルジェットさんは、途中まで話して……口ごもる。

「瀕死となった方の……命を助けられなかった時の虚《むな》しさ……そして、亡くなられた方のご家族や身内の方から、お前みたいな能無しは、聖女をやめろ! っという罵倒。そんな時は……どこか知らない世界へ行ってしまいたくなります」

 え?
 罵倒?
 それって酷いな。
 
 聖女様だって一生懸命やっているのに。
 彼女達は、素晴らしい癒しの力を持つけれど、けして万能ではない。
 
 愛する家族が亡くなって、辛い気持ちは、確かに分かるけど……
 いくらなんでも、全てを聖女様のせいにして、罵倒するなんて酷い。
 
 ジョルジェットさんは結構、煮詰まっている?
 でもアランの脇で、俺が必要以上に慰めちゃ、まずいかもしれない。

 その時、視線を感じた。
 リンちゃんが、潤んだ瞳で俺を見つめている。

 そうだ、こんな事を考えている場合ではない。
 落ち込んだジョルジェットさんを、俺がしっかり力付けないと!

「元気を出して下さい。ジョルジェットさんは、一生懸命、頑張っているじゃあないですか!」

「…………」

 俺の励ましを聞いても、ジョルジェットさんは無言だ。
 
 そうか、まだまだ励ましが足りない!
 もっと、もっと!
 熱く力付けないと、駄目だ! 

「人間は創世神様ではありません! 全てが常に上手く行くなんてありえません!」

「え?」

 俺の物言いを聞き、驚く、ジョルジェットさん。
 
 よし!
 気持ちをこめた俺の言葉が、少しは彼女の心へ届いたみたいだ。
 どんどん、行こう。

「治癒を担う聖女様は素晴らしい仕事だし、ジョルジェットさんは、常にベストを尽くしています!」

「は、はい! 私なりに精一杯やっています」

「ならば! 胸を張って良いのです。酷い事を言った人も、後できっと分かってくれますよ」

「クリス様! あ、ありがとうございますっ!」

「はい! 前向きに行きましょう! もし聖女様が居なければ、生死を彷徨う大怪我をされた方は、絶対に助かりません」

 おお、ジョルジェットさん、少し元気が出たみたい!
 と、思ったら!

「あ、ありがとうございます。私……私……うわあああああん!!!」

 ああっ!
 号泣って!
 まじで!?

 その瞬間!

 がっつん!

「がは!」

 顔に激痛が走り、俺は壁まで吹っ飛ぶ。

 ジョルジェットさんを力付ける俺を、本気で殴ったのは……
 鬼のような形相で、激怒したアランであったのだ。
【相坂リンの告白⑰】

 大変申しわけないが……
 席替えをして対面に座り、一生懸命お菓子の話をするジェロームさんを、
 私はほぼ完全にスルーしていた。

 今の私は愛するトオルさんしか目に入ってはいない。
 シスターステファニーから発せられた『宣戦布告』のせいもある。

 なのでジェロームさんと正対しながら、
 隣席のシスタージョルジエットとトオルさんの会話をずっと耳に入れていた。

 信じてはいたけれど……
 トオルさんはやはり期待を裏切らなかった。
 
 凄く『良い人』だった。
 人間関係のストレスに悩むシスタージョルジエットを優しく慰め、励ましていたからだ。
 
 私も同じ聖女だから分かる。
 シスタージョルジエットの深い悩みが分かるのだ。
 
 創世神様へ誓って言うけれど、怪我人や病人を救う為、私達はいつも全力を尽くす。
 私個人もそう。
 それは前世で看護師であった時も、今、聖女になってからも、
 変えるつもりは全くない。

 確かにトオルさんの言う通り、私達聖女は創世神様から回復と癒しの素晴らしい力を与えられてはいる。
 だが、所詮は人間。
 けして全知全能ではないのだ。

 力及ばずで患者さんが亡くなったり、怪我が回復しない場合も多々ある。
 その際、私もシスタージョルジエット同様、何度か家族から罵声を浴びせられた事があった。
 でも反論せず、じっと耐えるしかない……それが創世神教会の教えだから。

 シスタージョルジエットは度重なるストレスで、心身共に参っていたのだろう。
 後から思えば、そのストレス発散の矛先が『正義の鉄槌』という形でアランさんへ向けられていた。
 
 誤解を解くどのような会話が、シスタージョルジエットとアランさん、
 ふたりの間にどう交わされたのかは、今現在も不明だが……
 アランさんへの『誤解』は確かに解けたのだ。

 同じ『女』だから私には分かる。
 その反動なのか、ギャップ萌えというのか……
 
 シスタージョルジエットはアランさんの見た目通りの男らしさには勿論だが、
 被害者の女性達から「騙された」と聞いた話とは全く違う、
 彼の真摯さ、誠実さにたいそう惚れ込んでしまったようなのだ。

 そうなれば……
 多分、今夜の食事会は平和に終わることだろう。
 
 私はトオルさんと運命の再会を遂げる事が出来た。
 シスタージョルジエットはアランさんと和解しただけではなく、新たな恋も手に入れた。
 シスターシュザンヌもジェロームさんと良い雰囲気だ。

 ……シスターステファニーと若手騎士のリュカさんは、
 残念ながら上手く行きそうもない。
 しかし…ふたりはまだ若い。
 気休めかもしれないが……ふたりは改めて素敵な恋を手に入れると思う。

 と、その時!
 大事件が起こった。

 シスタージョルジエットが感極まって泣いてしまったのだ。

 私は少しだけ吃驚したが、彼女の気持ちは良く理解していたから、
 さもありなんと納得していた。

 肝心の? 大事件はその直後。
 シスターステファニーの対面に座っていたアランさんがいきなり立ち上がった。
 そして何と!
 背後から、トオルさんを殴り倒してしまったのだ。

 さすがに歴戦の騎士隊副長でも、
 無防備な状態で、背後からへ不意打ちを喰らったら、抵抗のしようがない。
 激高したアランさんに殴られたトオルさんは、あっさり気を失ってしまった。
 
 そしてアランさんは、号泣するシスタージョルジェットを連れ、あっという間に店を飛び出してしまう。

 こうなると……
 合コン、否、食事会は当然中止となった。
 
 シスタージョルジエット以外、残った私達聖女の迅速な指示の下で……
 トオルさんが負った怪我の治療を急ぐ為……
 隊長のジェロームさんは、トオルさんを担ぎ、急遽、創世神教会附属病院へと駆け込んだのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 剛腕騎士アランさんに思い切り殴られたにもかかわらず、
 日頃鍛えているせいか、幸いトオルさんは骨折していなかった。
 軽い脳震盪と打撲という医師の判断だった。
  
 だけど……
 たとえ骨折はしていなくとも、トオルさんの具合が私はとても心配だった。
 そこで、私はきっぱりと宣言したのだ。 
 
「私が残って、徹夜で看病します」と。

 断固とした私の態度に、シスターステファニーは気圧されたようになった。
 またシスターシュザンヌが「私もシスターフルールに任せるのを賛成致します」
 と、言ってくれたのも大きかった。

 シスターステファニーは大きくため息をつき、
 恨みがましい一瞥(いちべつ)を私に投げかけた後……
 肩を落として病室を出て行った。
 
 結局……
 入院したトオルさんと看護役の私は、そのまま創世神教会附属病院に泊まった。
 ひと晩、私はつきっきりでトオルさんを看護した。
 
 夜が更け……そして明けた。
 翌朝早く、トオルさんは目を覚ました。

 殴られた瞬間、記憶が飛んでいたらしく……
 何故、今この場に居るのか、戸惑うトオルさんではあったが、
 リンが転移したフルールこと私が病室に居るのを見て、安堵したみたい。

 「冷静になれ」と私は自分をなだめながら、トオルさんへまず現在の状況を、
 そして殴られたからの経過もひととおり説明した。
 現在病室に私しか居ない理由もはっきり話した。

 トオルさんは私の説明がひととおり終わるまで、一切口をはさまなかった。

「…………」

 私の話が終わっても、トオルさんは無言だった。

 暫し待ったが、トオルさんは喋ろうとしない。
 沈黙が病室を支配した。

 まだ何か怪我の影響があるのだろうか……
 心配になり、一旦俯いた私は、間を置いて再び顔を上げた。
 そしてトオルさんの顔を見ると……

 驚いた事に、トオルさんは……泣いていた。
 目を真っ赤にして泣いていた。
 そしてひと言。

「ありがとう」

「トオルさん……」

「フルールさ……いや、リンちゃん。俺、良かったよ。またリンちゃんに出逢えて本当に良かった」

 ありがとう……
 また出逢えて本当に良かった……

 トオルさんが告げる言葉はとてもシンプルだ。
 でも何て、心に響く愛の言葉だろう。

 彼だけじゃない……
 私も涙があふれて来た。 

 だから素直に、自分の想いを告げよう。

「トオルさんは、クリスさんになっても全然変わらない。私が思った通り、優しくて他人の世話ばかりする、お人よしで、本当に良い人……」 

 そう言うと、トオルさんはハッとした。
 力なく目を伏せてしまう。
 彼の反応を見て、私は考えた末にようやく思い出した。

 そう言えば、初めて出会った飲み会の時に聞いていた。
 女子達からは頻繁に『良い人』って言われたと。
 その後「お友達には、なれそうね」が追加されたとも。

 確かに、女子が良く言う『良い人』って、『どうでも良い人』の意訳もある。
 つまり『無関心』の変換語。

 ごめん、トオルさん。
 貴方にはその言葉に対して、辛いトラウマがあったんだよね?
 謝罪致します、失言でした。

 気を取り直した私は考える、そして決意する。
 トオルさんがくれた愛の言葉はシンプルで分かり易かった。
 私もストレートに伝えようと。

 そう、トオルさんは確かに『良い人』だ。
 ……しかし『どうでも良い人』じゃない、
 私にとっては愛し愛し合う大事な人なんだ。

 曖昧なのはNG!
 私は、今度こそはっきりと言い放つ。

「大好き!」
 
 気持ちをシンプル且つ素直に告げたら、同時に大きな勇気が湧き起こった。 
 ためらう事などなかった
 私はそっとトオルさんへ近付き、彼の唇へ、私の唇を優しく触れたのだ。

 ……情感を込めてキスをした後、
 私は笑顔で「大好き!」と『想い人』へ再びしっかりと告げていたのだった。
【大門寺トオルの告白⑰】

 翌日朝……

 リンちゃんと愛を確かめ合った俺は改めてどうするのか考えた。 

 今日はとてもじゃないが、出勤というか出動は不可能だもの。
 なので昨夜ジェロームさんへ依頼済み……
 適当な理由をつけ、騎士隊へは有給休暇希望の連絡をして貰っていた。

 ジェロームさんからは、傷害罪でアランを訴える事も可能だと言われたが、
 俺は許してやる事にした。
 アランの奴、俺がジョルジエットさんを泣かせたと勘違いして、
 思わず我を忘れたと分かっていたから。
 
 一見、軟派で茶目っ気たっぷりだけど、実は真面目で冷静なアランがあんなに取り乱すなんて。
 今から考えれば……
 あいつがあの日、人生をかけると言ったのは、聞き違いではなかった。
 
 そして後輩のリュカは事の『真相』を知っているから、ちょっとだけ気になったが……
 万が一聞かれても、まともには答えないと思う。
 
 そんなこんなで、昼過ぎに……
 アランとジョルジエットさんふたりの行方が判明した。
 
 と、いうよりお昼頃、何事もなかったかのように騎士隊の宿舎に現れたアランは……
 自分が殴って大怪我をした俺が、創世神教会附属病院に入院したと聞いて、すっ飛んで来たのだ。

 そんなわけで、今、俺の前には……
 アランとジョルジェットさんが、並んでいる。
 傍らには、ジェロームさんが渋い顔をして、腕組みをしながら立っていた。

 ちなみに、リンちゃんも部屋に居る。
 リンちゃんは元々、教会の聖女なので、同席しても違和感はない。

 ……アランとジョルジェットさんは、
 何と! 
 頭を床にすりつけ土下座をしていた。
 俺は止めたのだが、ふたりは頑として聞かなかった。

「も、申しわけありません!! つい、かあっとなって……副長を殴ってしまった。僕の完全な勘違いです」

「ま、まあ、幸い骨折はしてなかったからさ」

「副長! 本当に申しわけありませんっ!! ジョルを悲しませる奴は、誰であろうと絶対に許せなかったんです」

 え?
 ジョル?
 昨夜、アランはジョルジェットさんを、そうは呼んでいなかったはずだ。

「ごめんなさい! クリスさんには優しく慰めて貰っていただけなのに……私が嬉しくて、大泣きしたせいで、アランたら、とんだ過ちを犯してしまって……」

 ふたりの間には、昨夜より、特別で親密な雰囲気が醸し出されている。
 このふたり……昨夜中に「男女の関係」になったようだ。

「副長! 貴方も騎士だから分かるでしょう。戦場で聖女は天使だ。そしてジョルは僕にとって、唯一の大天使なんだ」

 おお、凄い。
 唯一の大天使って?

 何だよ、おい。
 アランは、ジョルジェットさんに「べたぼれ」だ。
 治癒士の悩みも聞いたから、愛しさが一層増したのだろう。

 プロポーズにも等しい愛の言葉を聞いた、ジョルジェットさんも感極まっているようだ。

「アラン! う、嬉しい!」

「副長、隊長も聞いてください! 僕は決めました! ジョルと結婚する事に決めたんです! 一回会うのを断られた時、気になる子くらいだと単純に考えていたんです。だけど……昨夜会って話してからは、僕にはこの子しか、ジョルしか居ない! そう思ったんです」

「わ、私も! アランの悪い噂は聞いていたから……噂通りいい加減な人だったら思い切り振ってやろうと思っていたわ……でも、違った!」

「ありがとう! ジョル、結婚してくれ!」

「はいっ!」

 あらら、アランの奴、本当にプロポーズまでしちゃった。
 
 こうなると……もう決定的。
 アランとジョルジェットさんは、熱く見つめ合い、固く手を握り合っている。
  
「うふふ、凄いですね」

 にっこり笑ったのはフルールさんこと、リンちゃん。
 その意味は、すぐに分かった。
 俺は前世同様、またまた出席した合コンで、運命的なカップルを生み出していた。
 つまり愛の伝道師の『ふたつ名』は、異世界でもやっぱり威力を発揮したのだ。

 でも良かった。
 俺は凄く嬉しくなった。
 心の底から。 
 以前の俺なら「良かったなあ」と思いながら、実は羨ましかったに違いない。
 
 しかし、今は違う。
 俺には愛するリンちゃんが居る。
 
 異世界転移で離れ離れになって、一生会えないと思ったリンちゃんに、
 運命の再会をした上、恋人同士にもなれた。
 さっきの、アランのセリフではないが、
 俺にはもう……リンちゃんしかいない。
 
 反省しきりのアランはお詫びとして、
 昨夜の店の飲食費一切と、慰謝料として俺へ結構な現金を支払った。
 
 贈られた現金を、固辞した俺であったが……
 アランは気が済まないので、ぜひお渡したいという。
 
 仕方無いので、とりあえずは受け取り……
 場所が場所なので、創世神教会にそのまま寄付した。
 
 リンちゃんに再び引き会わせてくれたのが、もしもこの世界の神、創世神様なら、お礼の意味もある。
 ちなみに寄付された金は、教会が経営する孤児院などの運営費に使われるらしい。
 
 俺との『示談』が無事に済み……
 アランとジョルジエットさんは改めて謝罪した上で、満足そうに去って行った。
 
 だが、『話』はまだ……終わらなかった。
 驚く事にまだ、俺の伝道師の力が? しっかりと働いていたのである。
 
 アラン達が去った後、ジェロームさんが呼ぶと……
 シュザンヌさんが、顔を赤くして部屋へ入って来たのだ。

 おお!
 まさか、この展開は?

「ええと、こんな時になんだけど、俺達……結局、付き合う事になったから」

「はい! 私、ジェロームさんと、お菓子の話で意気投合しちゃいました。お菓子が大好きな強い騎士って、意外性もあってとても素敵!」

 おお、ジェロームさん、良かったなぁ!
 それに、シュザンヌさんも幸せそうだ。
 美男、美女のカップルで、とってもお似合いだよ。

 ジェロームさんが、満面の笑みを浮かべて言う。

「クリス……お前に言われた通りだ。素直になってシュザンヌと話したら、とても楽しかったよ……愛する彼女が居るって、実に気持ちが良いな」

 結局、ジェロームさん達カップルも手をつなぎ、スキップしながら去って行った。
 こうして、病室に残されたのは……
 またもや、俺とリンちゃんだけ。

「リンちゃん、……俺ってさ、またこんな毎日が続くのかな?」

 苦笑する俺に対して、リンちゃんはほっこり笑顔である。

「うふふ、大変ね、トオルさん。また誰かから、頼りにされそうよ」

 リンちゃんの癒し笑顔を見て、俺は名案を思い付く。

「ようし、リンちゃんから、凄いパワーを貰っちゃうぞ」

「OKよ!」

 今、リンちゃんとふたりきりだし、身体も復活しつつあった。
 
 アランや、ジェロームさんに負けじ! と……
 俺は、リンちゃんを抱き寄せ、あっついキスをしたのであった。
【相坂リンの告白⑱】

 食事会の数日後……

 私を始めとした参加メンバーが全員呼び出された。
 私フルール、シスターシュザンヌ、シスターステファニー。
 呼び出したのはシスタージョルジエット、集合場所は彼女の寄宿舎の部屋である。

 私達聖女は基本『寄宿舎』住まいである。
 最近は治癒士の仕事の過酷さから、聖女の成り手が減っており、
 最初から個室が与えられる。
 
 また結婚して、即退職というパターンも結構多い。
 なので、寄宿舎の空き部屋は結構あるのだ。

 閑話休題。

 シスタージョルジエットが何故私達を呼んだのか用事は告げられなかった。
 だが、おおよそ予想はついていた。
 
 多分、アランさんへの接し方、対応に関する彼女の極端な方針変更、
 傍から見て彼女のマッチポンプ的ともいえる行動についてであろう。

 シスターシュザンヌと私は「結果良し」もあり、
 敢えて追及しようとは思わなかった。
 しかし唯一、病院でも怒りが収まらなかったのが、
 シスターステファニーである。

 私との『トオルさん争奪戦』に敗れ、シスターの中では唯一カップリングへ至らなかった無念さは想像するに難くない。

 それ故……
 私、シスターシュザンヌと続き、
 一番最後に登場したシスターステファニーはいかにも機嫌が悪そうであった。

 こうして全員が揃ったので、シスタージョルジエットが話を始めるようだ。

「お忙しい中、参集して頂いたのは外でもありません、用件は勿論、皆様への謝罪、すなわち懺悔です」

「…………」

 私も含め、誰も言葉を発さない。
 当然かもしれない。
 もしも筋を通すのなら、このように呼びつけるのではなく、
 自ら各自の部屋へきちんと赴き、ちゃんと謝罪するのが当然だからだ。

 教会らしく懺悔をすると言われても、それはお門違い。
 シスターステファニーの表情が最も険しいのは言うまでもない。

 だがシスタージョルジエットは、神妙な面持ちである。
 軽く息を吐くと、深く深く頭を下げた。
 そして、

「皆様、今回私は誤った情報に踊らされました。皆様にはご迷惑を、そして更に大きなご迷惑をかけるところでした。誠に申しわけございません」

 謝るのは当然かもしれないが……
 私が知りたいのは、その誤った情報についての詳細だ。

 そんな私の意図を見抜いたかのように、シスタージョルジエットが説明を始めた。
 ここで全て述べると長いので要約するが……
 簡単に言えば、訴えた女性達の『逆恨み』であった。

 確かにアランさんは、多くの女性達とデートをした。
 だがあくまでも友人としてと、きっぱり前置きしたのと、
 単に食事に付き合ってとりとめのない話をしただけで、
 相手女性の手さえ握らなかったそうだ。

 シスタージョルジエットが鋭く問い詰めたのに対し、
 堂々と穏やかに、且つ丁寧に説明してくれたというアランさん。
 
 彼の態度を見て、シスタージョルジエットは凝り固まった疑念が本当に真実なのか、改めて調べようと思ったらしい。

 アランさんは当該女性と一緒に、
 事の真相を確かめても構わないとまで言い切ったそうだ。

 だからシスタージョルジエットは、改めて女性達へ直接確かめたという。
 アランさんはさすがに同席させなかったが、教会お得意の『懺悔』という形で……
 結果、訴えは全て真っ赤な嘘だというのが発覚した。

 また女性達の嘘は、当然アランさんにも伝わったのだが、
 彼はおおらかに「お構いなし」で許したという。

 話が終わると……
 再びシスタージョルジエットは謝罪して頭を下げた。

 私は軽く息を吐いた。
 やっぱりという苦い思いと、
 大事に至らなくて良かったという安堵が心に入り交じる。

 そして傍らのシスターシュザンヌと顔を見合わせ、頷いた。
 アランさんと結婚を控えたシスタージョルジエットを許そうというアイコンタクトである。

 だが一番肝心のシスターステファニーは?

 私とシスターシュザンヌが恐る恐る見やれば……
 何と!
 満面の笑みを浮かべていた。

 そして、シスターステファニーの方から嬉々として話しだした。
 こちらもだいぶノロケが入っていて、話が長いのでこちらも要約すると……

 食事会翌日の晩に、彼女は祖父・枢機卿の仕切りで、見合いをしたそうである。
 当初はいろいろな要因から、あまり気の進まない見合い話であったらしいが……
 実際に相手と会ってみたら、上級貴族のイケメンで性格良し、文句なしの青年だったらしい。

 元々『面食い』のシスターステファニーは相手の誠実さも感じ、ますます好印象を持ったという。
 そんな浮き浮き気分のシスターステファニーを見て、
 一番安堵しているのは、当然シスタージョルジエットである。

 ここで私だけがピンと来た。
 トオルさんの超絶スキル『愛の伝道師』がまたまた発動したのだ。

 私はつい驚きの感情を口に出してしまう。

「凄いな……」と。

 でも私のつぶやきはしっかりと聞かれていた。
 シスターシュザンヌが訝し気に尋ねて来たのだ。

「どうしたの? 何が凄いの?」

「い、いえ! な、何でもありません」

 慌てた私は懸命に誤魔化した。
 幸い、シスターシュザンヌはあまり追及しては来なかった。

「それよりシスターフルール、私お礼を言わなきゃ」

「お礼? 誰にですか?」

「決まっています。当然、レーヌ子爵様ですよ。あの方のご尽力なくしては、私、ジェローム様と親しくはなれなかったわ」

 ああ、さすがはシスターシュザンヌ。
 トオルさんの超絶スキルは知らずとも、彼女だけがトオルさんの裏側での尽力を見抜いてる。
 やはり貴女は聖女の(かがみ)だ。

 という事で……
 愛の伝道師トオルさんのお陰なのか、私達4人は全員幸せを掴む事が出来たのであった。