「ただいまぁ〜」
 バイトが終わりクタクタな体を家まで運んだ自分を褒めてやりたいが、それはまた今度にしよう。
「杏香ちゃんご飯いる?」
「あんまり空いてないけど食べないとだから……」
「分かったじゃあ何か軽いもの作るね!」
「分かりました。じゃあ私は自分の部屋で勉強してますね」
「うん出来たら呼びに行くね」

 起きると外はまだ暗かった。リビングに行くとテーブルで柚稀さんが寝てた、その横にサンドイッチとメモが置いてあった。可愛い寝顔をこっそり写真に撮ってベッドへ運んで、リビングでメモを見た。
“部屋に行ったら寝てたから起きたら食べてね。
 PS.裏に一応このサンドイッチのレシピを載せておきます”

 見ると裏一面にビッチリとレシピが書いてあった。杏香はサンドイッチを食べ終わり食器を片付け、シャワーへ向かった。
 上がってもまだ空は暗かった夜中って案外長く感じる。柚稀さんの為にご飯でも作ろう。かなり時間があるから少し凝ったものでも作ってみよう。
 これぐらいでいいかな、それにしても作りすぎた。
「これぐらいでいいかな?ちょっと作りすぎたかも」
「これもっていってもいい?」
「はい、ん?」
 いつの間にか柚稀さんが起きて来て机に私の作った朝食を並べている。
「ねぇ〜杏香ちゃん早く食べよ〜」
 柚稀に言われ杏香も食卓について2人で手を合わせた。
「柚稀さんどうですか?」
「うん、美味しいよ!」
 杏香が不安そうに聞いたら柚稀は満面の笑みでそう言った。
「柚稀さん昨日の事なんですけど、私の淹れたコーヒーも料理も全然ダメだったじゃないですか。更には中学一年の箏子ちゃんには「センスがある」って気を使わせちゃったし。私って何も出来ないですね……」
「そんな事ないと思うよ。箏子ちゃんは、お世辞とか気を使うとか出来ないよ。だからほんとにセンスがあるって思ったんじゃない?
 料理もこうやって1人で作れたじゃん。昨日は一気に作ったからあれだけど毎日1つずつ確実に作れるように練習すればいいじゃんね?」
「でもそれじゃあ」
「ねぇ杏香ちゃん。なんでそんなに急いでるの?」
「別に急いでる訳じゃないです」
「でも、僕には急いでる様に見えるよ。時に主観よりも客観的に見た時の方が正しかったりするよ。だからもうちょっと落ち着いて地道に1つずつやればいいじゃん?」
「分かりました」
「それに箏子ちゃんにスイーツ教えたの僕なんだよ?」
「そうなんですか?」
「うん。教えてたら興味を持ってらしくて、自分で勉強して僕が気付いたらコンテストとか賞とか荒らしてた」
 柚稀が笑いながら言った
「凄い努力家なんですね箏子ちゃん」
「ただの負けず嫌いだよ。まぁ箏子ちゃんは興味持ったものは一番にならないと気が済まないんだって。でもあの子は習得の速さが異常だよ」
「だから学校に行かないんですか?」
「よく分かったね。でも箏子ちゃんが学校に行かないのはいじめだよ。何でもできるから同級生たちから反感を買っちゃったんだよね。勉強は出来る子だから別に行かなくても良いと思うけど、それだとこれからに響くから週に3日保健室登校して新作とか考えてるらしいよ。まぁテストは全部受けてるから成績はある程度大丈夫なんだけどね。あっ良いこと思いついた!ちょっとまってて」
 そう言って柚稀は電話をして帰ってきた。
「杏香ちゃん今日咲実さんのとこ行くでしょ?その時に箏子ちゃん連れて行っても良いかな?」
「はい、私は別に良いですよ。何時ごろに行きます?」
「じゃあ、家に一回帰っても良い?」
「それなら私も行きますよそれで柚稀さんの家から行きましょ?」
「うん、いつ行く?もう行く?」
「はい、じゃあ少し待って下さい」
 身支度を終え家を出発した。
「そういえば柚稀さん、どうせ家に帰るなら何で泊まったんですか?」
「起きた時に1人だと寂しくない?まぁは家に帰るのが面倒だったのが半分だけどね」
「最後の一言がなければ完璧だったのに、でもありがとうございます」

 しばらく歩いたら柚稀さんの家に着いた。
「本いっぱいですね。本棚ないんですか?」
「あることにはあるんだけどね。ちょっとこっちの部屋来て」
 部屋の電気をつけるとそこには沢山の本棚にびっしりと本が詰められていた。
「なるほどですね。入りきらないなら、売れば良いじゃないですか」
「この本達ひとつひとつに読んでる時の思い出とか感情とかが詰まってるから売らずに取っておくんだ。」
「なんか不思議ですね」
「他の人からしたらただの本だけど、僕からしたらこの本達は僕を作ってくれて、生き方の教科書でもあるんだよ」
「へぇ〜。私は本苦手です。読んでると眠くなってきません?」
「あぁ、それはまだ本当に読みたい本に出会ってないね。」
 そう言って柚稀は奥の本棚から一冊の本を持ってきた。
「これ読んでみて!」
 そう言って渡されたほんの表紙見た。そこにはただの白いカバーに一文字「暇」そう書かれていた。
「一見は普通の短編集何だけど仕掛けがたくさん詰まってるの!驚くぐらいサクサク読めるよ。慣れてない人でも、3日あれば絶っ対に読み切れるよ!」
 柚稀さんがあまりにも笑顔で、勧めてくるのでつい負けてしまった。暇な時間に少しずつ読もう。

店に着くと奥から箏子ちゃんが出てきた。
「もう少し待って下さい。後少しで出来るので」
「何がですか?」
「見てからのお楽しみ〜」
「はい出来ました。行きましょ」

「お母さん来たよ!」
「杏香〜あら柚稀さんもいらっしゃい。あら今日はまた可愛い子が来てるわね、どなた?」
「こちらはマスターのお孫さんの箏子ちゃん」
「ほら杏香ちゃんあれ渡して?」
「あ、あの!これどうぞ」
「あら、なにかしら」
箏子から紙袋を受け取り、中から箱を取り出した。中にはケーキが5つ入っていた。
「どこのケーキ?」
「手作りです」
「杏香ちゃん凄いんだよ!いろんなスイーツの大会で優勝してるんだよ!」
「へぇ〜それはまた凄いわね。じゃあ早速食べても良いかしら?」
「うん、そうだね食べよ」
「あ、でも後2分待ってもらえる?」
「え?どうして?」
「いいからもう少し待って。杏香そこに椅子あるから持ってきて。お二人とも座って」
突然ドアが開き田村さんが入って来た。
「あ、みんな居るんですね」
「田村さんケーキ食べません?」
「食べたいですけど、患者さんとか院外の人から物をもらうの禁止なんですよ」
「そうなんですか。じゃあお店教えるので是非来てください。箏子ちゃんが毎日作ってるんですよ、日本一のケーキです」
「杏香ちゃんの店は隠れ家だからあまり人には言わないようにね。田村さんみたいにお世話になった方のみね。なので出来れば他の方には言わないでもらえますか?前の場所で賑わいすぎて箏子ちゃんがガチガチになっちゃって、仕事どころじゃなくなったことがあったので」
「もちろん!こんな美味しそうなケーキのある喫茶店、誰にも教えるわけないじゃん!」
「お、お〜田村さん意外と独占欲あるんですね。私も働いているので是非来てください!」
「あ、あの。そのケーキお店の珈琲があって完成なので杏香さんのお母さんも、是非退院したらきてください」
「もちろん、行かせてもらうわ」
「じゃあ食べよっ!」

「そういえば最近杏香ちゃん見ませんね?」
「そうね。でも来ないっていうことはうまくやてるんでしょう」
「ですね、でも寂しんじゃないですか?」
「寂しくはないけれど心配よね」
「そろそろ顔出してくれませんかね〜」
「まぁ、あの子も高校二年になったんだし大丈夫でしょう」
「そうですよね。あと少し気になったんですけど杏香ちゃんの名前の由来って何ですか?」
「付けたのは私じゃなくて夫なんだけどね、あの人が言うには10月2日の誕生花は杏子の花でねあの人がそれの花言葉の〔乙女のはにかみ、乙女の恥じらい〕っていうのを気に入ったらしくてねそれで杏香」
「あれっ?でも杏香ちゃんって花じゃなくて香りの方ですよね?」
「それはねあの人が杏子は花より香りの方が良い!っていうから仕方なくそうしたの。でもあの子は恥じらい過ぎだけどね。そういうたむちゃんは下の名前なんて言うの?」
「じゃあ当ててください!」
 田村は持っていたメモ帳に夏姫と書き机の上に置いて見せた。咲実はしばらく悩みはっ!といい笑顔で言った。
「わかんない!」
「そうですか分かりにくいですよね、正解は夏姫《なつめ》です」
「素敵な名前ねでもなんで姫なの?」
「兄弟で唯一の女の子だからんで姫になったんです」
「ん〜でも私はたむちゃんって呼ぶね!」
「はい分かりました。それじゃあ私は戻りますね」
「早いわねもうちょっと居てもいいのに」
「たまにはちゃんとやろうかなって、じゃあまた夜に」
 夏姫が仕事に戻り一時間程あと頃咲実の病室のナースコールが鳴る、夏姫が慌ただしく部屋に入ると咲実の座っているベッドに杏香が戻していた。杏香をソファに寝かせ咲実の着替えを手伝いその間に他のナースがベッドのシーツなどを替え、杏香をそこに寝かせた。
 白が広がる何もない視界にまた涙が上ってきた。
「大丈夫よそばにいるから」
 一つ流れるとそう声がした、同じに景色に色が刺さった。一人じゃないただ帰ったら一人後でまたあいつが襲ってくる。今は大丈夫だけどそれはこの空間この病室だけ。
「杏香また難しいこと考えてるんでしょ。いつも言ってるでしょ?むず……」
「難しいことは考えなくていい、未来も外時になるまでわからない。ただいまを生きるそれだけをする。分かってるよだけど不安になる、今は大丈夫でもきっとこのまま帰ったら大丈夫じゃなくなる片隅にいるはずのそれに目が言っちゃうの」
「杏香ちょっと待ってて五分で戻るから、それぐらいは大丈夫?」
「うん分かったけどなるべく早く帰ってきてね」
 お母さんは自分で車椅子を動かして出て行った、ついて行った方が良かったなとか考えていると扉を叩く音がしたので返事をすると一人の男性が入ってきた」
「えーと君が北見咲実さん?」
「違います咲実は母で今ちょっと居ません」
「そっか挨拶が遅れたね僕は北見翔太ここの医師だよあ、同じ名字だね」
「そうですね」
「なんか悩んでる?」
「えっいきなりなんですか?」
「感だよでもさっきノックした時少しだけ返事が遅かったし、目の周りの少し泣いた跡が残ってるもんはいハンカチこれ使って。僕でよかったら話聞こっか?」
「確かに悩んでいますが初めての方にする相談はありませんし私のことを何も知らない人にアドバイスされても納得出来ませんもん」
「なかなか言うねでも僕臨床心理士の資格持ってるし医師免許も持ってるんだよそんな人なかなか居ないよ?」
「じゃあ少しだけ事故で母が入院して一人なんですそれがすごく寂しいし怖いんです」
「なるほどね〜わかるよその気持ち僕もこっちで一人だもんでもそういう時は存分に甘えて良いと思うよでも杏香ちゃんもう高二なんだからこれを機に少しづつ自立するっていうのもありなんじゃないかな?それじゃあ僕はこの辺で失礼するね」
「急すぎません?」
「また会えると思うよ」
「そりゃここの医師なんですから当たり前でしょうね」
「じゃあねバイトもがんばってね杏香ちゃん」
 その人が出て行って数十秒後お母さんたちが帰ってきた、遅いと言ったら五分も経ってないよ?と言われた時計を見ると確かに五分経っていなかった不思議な事もあるもんだ。
「そういえば杏香もう平気そうね?」
「うんさっき医師の人が来て相談に乗ってくれたから少しマシになった」
「ん?おかしいですねこの時間医師は病室に来るはずないのに、杏香ちゃんその人女性だった?」
「いえ男性でしたよ」
「またまたおかしいですね今日の当直は女性しかいないから名前は?」
「北見っていう人」
「北見なんていう人うちに病院にはいませんよ」
「ねぇ杏香その人の名前北見翔太?」
「うんお母さんなんで分かるの?」
「これよ」
 そのハンカチには杏子の刺繍がありそこからほのかに良い香りがした。
「この香り何?」
「これは、杏子の香りだねだね」
「良い香りだね、あれもしかして私のこと?」
「うん杏子の香り。じゃあ杏香の名前を付けたのは誰?」
「じゃあさっき私があった人がお父さん?」
「多分そう、そのハンカチ大切にしなさいよ?」
「分かった!」
「あの〜」
「たむちゃんどうしたの?」
「私が来た意味は……」
「まあ大丈夫そうだけど一応しましょっか」
 そこから夏姫によるカウンセリングが始まる、途中から夏姫が大丈夫だと悟り普通の女子会になった。話し合った結果一週間夏姫の家に泊まることになった。
 杏香が来てから三日が経った頃
「雨ですね……」
「雨だね。なんか雨の時って眠くなるよね」
「なんででしょうね」
 たわいもない話をしていると夏姫の携帯が鳴り部屋を出て行った。
 次の日、夏姫は咲実を車椅子に乗せてどこかへ行く。
「ねぇどこに行くの?」
「ちょっと来て欲しいことがあって」
 ついたのは一つの部屋だった、入り口のネームプレートには「早見柚稀」中に入ると柚稀が起きていた。
「咲実さんどうも」
「柚稀どうしたの?」
「いやぁちょっと相談があって来たら病院の目の前で倒れちゃって、それで起きたらここにいました」
「それは分かったけれど、そのいっぱい繋がった機械は何?」
「あぁ実は僕小四の時に病気を発症しましてもう治らないんですよでも気をつければ普通に生活はできるのでご心配なく」
「どんな病気なの?」
「それは私から聞いたところいくつかあってまず一番大きいのは体温調節ができなくなります。でもこの病気前例がなく調べたら世界初なんです、普通だったら単なる 冷え症ぐらいですけど柚稀君の場合はそれが倍以上に全身に出ていて説明が難しいんですけど、体温が普通の人と同じようにある所までは上がるんですけどそこから上がり辛いんです。他のは単体では大したことないんですけど多すぎて対処しきれないんですよ」
「それでも前よりはマシですよ、前はもっと危なかったです直接命に関わる病気が何個かあってでも今はもう大丈夫です」
「そのことなんだけどねさっき検査をしたら腫瘍が見つかって手術が必要なの。早くて明後日にはしたいんだけど……」
「良いですよ。じゃあこのまま入院って感じですね」
「そうだね病室はこのままでいい?」
「じゃあいつもの所お願いします」
「いつもの所?」
「はい柚稀君は小さい頃からずっといて院長と専用部屋をかけて将棋で勝負して院長がボロ負けして院長が自腹で作ったんです。そしたら一時間で準備するから待ってて、咲実さんどうします?戻りますか?」
「いやここで話しながら待ってるわ」
「わかりましたそれでは失礼します」
 夏姫は部屋を出て電話をしながら院長室に向かった。