「俺たちもそろそろ帰ろう。」
「そうですね。」
「待ってください!」
 振り返ると、誰かが走ってきている。息を切らしながら声をかけてきたのは李花だった。手には先程雪月が李花の瘤を冷やすために用いた布を握りしめている。
(そういえば、洞窟の中で寝かせたまま忘れてた…。)
「李花さん、もう頭の怪我は大丈夫ですか?」
「あたしは大丈夫ですけど、あの、えっと……本当にごめんなさい‼︎」
 李花は勢いよく頭を下げた。
「お前が雪月を連れ出したと聞いたが…何か事情があったのだろう?」
「はい…。」
 しかし、李花はそれきり黙り込んでしまった。
(確かに、なんで李花さんは牙鋭さんのいいなりになっていたんだろう。)
 雪月から見た感じでも、李花は牙鋭に仕えているというわけでもなそうだった。牙鋭の李花に対する扱い方や、会話を聞けば一目瞭然である。
「悪いと思っているのならちゃんと話してほしい。」
「私からもお願いします。」
 何か困っていることがあるのなら、少しでも力になりたいと思った雪月は自らも話してくれるように頼んだ。二人にお願いされて流石に居た堪れなくなったのか、李花は己のことを語り出した。
「あたしは人家で飼われていた猫でした。元々は山中で暮らしていたんですけど、怪我を負ってしまって…。動けなくなっていたところを人間に拾われたんです。」
 李花の話や、黒蓮の補足説明によると、猫又には二種類いるらしい。山中に暮らす猫が長く生きて猫又になった場合と、人家で飼われている猫が年老いて尾が二つに分かれたものだ。山中で猫又になったものは人を食べるが、人家で飼われていた猫は猫又になっても人は食べない。李花は後者だった。
「あたしは、手当てしてくれた人たちのことが大好きだったんですけど、寿命がきちゃって…。もっと一緒にいたいと思っていたら猫又になっていたんです。あの人たちの子供も、そのまた子供も、影から見守っていました。話したかったけど、あたしはまだ上手く人形をとれないし、猫の姿になっても尾が二つに割れてるし…。」
 李花は俯きながら悲しそうに自分の尾を撫でた。
「あたしは見守ることしかできないけど、それでもいいと思ってたんです。あの人たちが幸せなら…」
 「でも…!」と顔を上げた李花の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。