「村長! そろそろ手を打たないと村人達の怒りが爆発してしまいます。」
「そうです。一刻も早くご決断を!」
「…致し方あるまい。贄を差し出そう。」
「はっ。しかし村長。誰を贄にするおつもりですか? 今村の若い者は水害の対応でなかなか…」
「そうです。今は女でさえ外で働かされている状況で、まして年頃の女など…。」
「あの娘だ。」
「娘?」
「山の麓の小さな小屋に若い娘がいたはずだ。あれは、今はもう身寄りがない。」
「わかりました。では準備が整い次第また伺います。」
「ああ。頼んだぞ。」

            *

 山々に囲まれた小さな村。そこは人身御供の習慣のある村だった。
 贄に差し出されるのは若い女である。
 身寄りのない娘、雪月(ゆづき)は一人静かに日々を過ごしていた。
 床に就く準備をしていると、外から微かに足音がした。
 こんな時間に誰だろうと思った雪月は、外に出てみることにした。辺りを見回すが誰もおらず、月が空高く輝いているだけだった。
 気のせいだったと思い小屋に戻る途中、何気なく上を見上げた雪月は絶句した。
「…っ!」
 小屋の屋根には一本の矢が刺さっていたのだ。
 白羽の矢。それは、人身御供に捧げる人間の家に立てる目印だ。
(私が生贄…?)
 恐ろしくなり、血の気が引いていくのが自分でもわかった。
 続く水害を止めるために差し出されるのだろう。
 雪月は亡き母の言葉を思い出す。
『雪月。生きるとは激痛を伴うことです。でもどうか忘れないで。幸福を求めて生きることは、滑稽で醜くて…美しいのです。…愛しているわ、雪月。生きて……』
 それが最後の言葉だった。
(お母様…。私はどうしたら…。)
 贄を捧げたところで何も変わらないのは自分が幼い頃から母に聞かされていたことだった。その母もまた、自分の親から聞かされていたことらしい。
 村人達の怒りを抑える気休めにしかならず、実際にその願いが聞き入れられたことはないという。それでも身を捧げた方が良いのか。
(死にたくない。そう思うのは私が我儘だから?)