第31話 冬休みそれぞれの過ごし方 明日香・沙也香編

 12月下旬、明日香は地元紙の取材に1人応じていたのだった。

 菅原「記者の菅原です。今回は宜しくお願いします」
 明日香「宜しくお願いします」
 菅原「早速ですが、今回のテーマはですね、ズバリ18歳のアイドル事務所女社長兼プロデューサーへの道と題しまして、独占インタビューをして行きたいのですが宜しいでしょうか?」
 明日香「とても光栄ですね。嬉しく思います」
 菅原「それではまず、明日香さんの幼少期から伺いたいのですが、どういう子供でしたか」
 明日香「私は、小学校時代は余り目立たない子供でしたね。クラスでも中心になる事は無く、隅っこで本を読んでいる様な寡黙な女の子でしたけどね」
 菅原「そんな子が何故、変わって行くんでしょうか?」
 明日香「私の場合、最近では女帝と呼ばれていますが、その原点になった出来事は小学校高学年の時にあったいじめが原因でしたね」
 菅原「えぇ、明日香さんがいじめられて居たんですか?信じられません」
 明日香「寧ろ、いじめてそうな顔しているからそう思うかもしれませんが、本当の事ですよ。私は自分の思った事を口に出すのが苦手な子でしたから、暗い子だと周りから思われたんでしょうね。そんな私はいじめの標的になりやすかったんですよ。でも、そんな時でした。今もメンバーの1人として付き合いのある沙也香と出会ったのは」
 菅原「沙也香さんとは小学校の時からの知り合いでしたか。知りませんでした」
 明日香「沙也香は私をいじめっ子から守ってくれたんです。そして、私にも鉄拳制裁を加えました。心が折れたらその時点でゲームオーバーだと身をもって教えてくれましたね。今、考えたら腹立ちますけど」
 菅原「そこから女帝伝説は始まるんですね?」
 明日香「そうですね。自分がそう言った訳では無いですが、何時の間にか周りがそう呼ぶ存在になってしまいました。小学校の4年生で母は亡くなっていましたし、私が父を助けて行かなきゃと自覚した時、周りが余りに子供に見えてしょうがなかったですね。大人ぶるのとは違い、実際に大人にならなきゃいけなかったと言うべきですね」
 菅原「責任感を持つことが大人の第1歩ですからね。そして、中学高校と5年間生徒会で勤め上げたキャリアがあるのに、何故高3からアイドルの道を志すんでしょうか?」
 明日香「まず、断っておきたいのは私がアイドルに成りたかった訳では無いんです。ただ、そう言わないと彼女がアイドルの道を志す事にならなくなると思いまして、私もメンバーに入ったんです」
 菅原「その彼女とは村上奈緒さんの事ですよね?」
 明日香「そうです。奈緒さんを初めて見かけたのは中学1年生の時でした。余りにも輝くオーラを秘めた存在を目の当たりにして、女帝と呼ばれるようになって初めて他人に衝撃を受けました。こんな女の子も居るんだって。それから同じクラスになる事が多くて、目立つ者同士で口喧嘩するぐらいの仲にはなってましたね。でも、アイドルに成らないかと言う切っ掛けを掴むことが出来ずに高3まで来たんですけど」
 菅原「そもそも何故、アイドル戦国時代のこの世の中なのに、アイドルを薦めなければという意思が働いたのか教えて貰えますか?」
 明日香「今のアイドル界を見てて、いや、もっと言うと今までのアイドル界もそうですけど、自分がアイドルとして成功を収めたいという願望を持った女の子達しか居ないと思うんです。もちろん自分の意思で無く周りからの声を聞いてアイドルに成った人も居ますけど、女性ではそういう人は少ないし、またそういう人であったとしても、何時の間にか自分のアイドルとしても将来のビジョンしか語らなくなるんですよ。それってファンにとっては心が離れて行くようで寂しいですよね。でも、奈緒さんを見てると、奈緒さんだけで無く私達クラスメイトや先生達など周りの人まで、他人の為に必要とされる自分で居たいと思わせてくれる底力があるんです。なので、根本的に今までと違うファンの為に生きるアイドルを目指せるんじゃないかと思い、奈緒さんにアイドル業を薦めたかったんですよ」
 菅原「素晴らしいお話です。明日香さんは時代を変える社長兼プロデューサーに成るかも知れませんね」
 明日香「時代をリードするアイドルはスーパースターアイドルとも言えるでしょう。皆がアイドルを願えばそれは正にスーパースターの位置にまで受動的に登り詰める訳で。その子が身近な存在になろうとすればするほど、人はその子を上に立たせようとしたい訳です。その条件とは、先程言った様に他人に必要とされたい世界1寂しがりの人懐っこい、可愛い・色っぽい・面白いの3原色ラインが揃った女の子であると私はそう思います」
 菅原「何と言うか説得力有り過ぎですね。奈緒ちゃんの顔しか浮かびません」
 明日香「そうですよね(笑)。いえ、もちろんそれは奈緒さんが欲にまみれなければの話ですよ。ウフフフ。性愛にはまみれすぎてますけどね(笑)。その野性的な性愛も東京で大爆発するでしょうし、楽しみですね」
 菅原「本日はロングインタビューにお付き合い頂きまして有難う御座いました」
 明日香「こちらこそ、有難う御座いました」

 明日香のロングインタビューは終始笑顔で終わるのだった。一方その頃、沙也香はキックボクシングのスパーリングをする為に、ロードワークに出かけていた。現役アイドルとして働き、そして4月からは奈緒のマネージャーとして働く為、最後のスパーリングとあって、気合が入っていた。話は沙也香がロードワークから帰って来た所から始まる。

 沙也香「お父さん、お水頂戴!」
 龍一「あんまりがぶ飲みするなよ、この後スパーやるからな」
 沙也香「私の相手って男の人だよね。どんな人?」
 龍一「東洋ライトフライ級王者だ。今、合宿中でうちのジムに来てるが、手合わせしてくれるそうだ。光栄な事だぞ」
 沙也香「お父さんは確か日本チャンピョンのベルト巻いた事有るんだよね。私は東洋チャンプになりたいな、これで最後だしハクつけたいから勝ち狙っても良い?」
 龍一「おう、それでこそ俺の娘だ。チャンスが有れば、お前のオリジナルフィニッシュ技アルキメデス決めて来い!」
 沙也香「OK!お父さん」

 沙也香が一通り練習を済ませた頃、遅れて東洋チャンプ、東出がやって来た。

 東出「いや~眠いっすわ。それにしても会長、何なんすかこのおんぼろジムは。ロクな選手居ないし、今日やる相手は女だそうじゃないですかぁ~。ネコパンチにでも撃たれろってんですか?」
 堺「黙れ、此処は私の古い友人の経営するジムじゃ。その男は今はしがないジムトレーナーをやっとるが、私の時代に於いては世界に通用するとまで言われた男だ。今日はその男が鍛えた娘さんとスパーをして貰うぞ、分かったらさっさと着替えて練習しないか、ボケッ」
 龍一「これはこれは、堺会長じゃないですかお久ぶりですね。良く肥えられてますね」
 堺「おぉ、龍ちゃん久しいな。相変わらず口が悪いな、お前は。今日は宜しく頼むよ」
 龍一「こちらが世界を狙う東出君か。宜しくな」
 東出「よぅ、おっさんこんな所でこの東洋チャンプを働かそうってか。しかもブスな娘と戦わせてよ。昔、このベルト取れなかったからそのブスな娘使って俺に恥かかせようって魂胆だろ。見え見えだぜ」
 龍一「クッ」
 沙也香「お父さん!!」
 龍一「大丈夫だ。私は『健康だ』」
 沙也香「良かった、健康そうで。お父さんの『健康だ』聞けてホッとしたよ」
 東出「何だ可愛いじゃんって。あれ~、もしかしてピンキーダイナマイトで活躍してる沙也香ちゃんじゃない?」
 沙也香「そうだけど」
 東出「えっ、マジで。俺、奈緒ちゃんめっちゃ好きなんだけど今度会わせてくんない?彼女になって貰いたいんだ」
 堺「止めろ。龍ちゃん、わっ悪いな。『健康』そうで何よりです」
 沙也香「このアホが東洋チャンプ?言っとくけど私女だと思って舐められるのが1番嫌いなのよ。叩きのめしてやるからリング上がりな」
 東出「可愛いからって調子に乗るなよ。女如きにこの俺が負ける訳無いじゃん」
 龍一「一ついいかい?」
 東出「何だ、おっさん」
 龍一「私が君と話していて『健康』で居られるのは沙也香がこの場に居るからだ。沙也香は私の叶えられなかった夢を見せてくれると信じている。それに女であっても、ああ見えて強烈に私の持ちうる技術と執念を叩きこんであるからな。君は幸せだろうな、これが前哨戦である事が」
 東出(何だ、このおっさん)
 堺(フッ、奴め。まったく衰えを知らんな。あの眠れる龍神とも呼ばれた龍ちゃんが鍛えこんだ娘とあれば、東出の初期衝動を呼び起こす事が出来るかもしれんな)

 沙也香と東出はスパーする為、リングに上がった。沙也香はヘッドギアを着け、8オンスのグローブを着けようとした。

 龍一「いいのか?沙也香。相手は言っても東洋チャンプだ。実績と場数は相手が当然上だが、お前には父さんの執念の技を叩きこんでる。これが最後になるのが惜しいが、最後に父さんに今までやって来た集大成を見せてくれ、頼む」
 沙也香「勝手に体が動くはずさ。だってお父さん。子供の時からやって来たんだ。生んだのが娘で良かったって言わしてやるよ」
 龍一「沙也香、お前」
 東出「そういうのは勝った後でやってくれよな。あと沙也香ちゃん、言い忘れたけどこの試合勝ったら奈緒ちゃん紹介してくれよな。良いかい?」
 沙也香「いいぜ、紹介してやるよ。但し、そんな事は起こりえないけどな。それと、舐められたくないから試合用の8オンスグローブで来なよ。」
 堺「いや、しかし」
 龍一「そうして下さい会長。お願いします」
 堺「分かった。おい、東出16オンスから8オンスに変えろ」
 東出「分かりやしたよ。変えますよ。死んでも知らねぇぞ」

 そして、いよいよスパーリングの時がやって来た。ゴングは鳴らされたのだった。

 東出(速攻で終わらす。このボディを抉るソーラー・プレキサス・ブローで地獄行きだぜ)

 ___ドォォン!

 沙也香「ぐぇ」
 東出「どうだぁ~」
 沙也香(何てパンチだ。ボディブローなのに速攻で足に来るこの感じ。即効性ボディブローで終わらせに来たか)
 龍一(さすがは、東洋チャンプの力。女の嫌がる所へパンチとはな。だが、その程度ではまだ沙也香は倒れんよ)
 沙也香「エグイ事してくれるなチャンプ。でも効いて無いぜ!」
 東出「ほう、あのボディ喰らって立てるのかよ。噂通りのじゃじゃ馬だぜ、こりゃ」
 沙也香「じゃあこういうのはどうだぁ~」
 堺(こっ、これはバックハンドブロー。でもモーションは読めてるな、東出)
 東出「へっ、見え見え」
 龍一(フッ、これは伏線だよチャンプ。本命はこっちだ)
 沙也香(行けぇ~)

 ___バッキィ~ン

 東出「ぐふっ」
 堺「胴回し回転蹴りか~」
 龍一(やった。この奇襲戦法が当たったぞ)
 沙也香(手応え有りだ)
 東出「やってくれたな、女。口から血が出たじゃね~か。じゃあ、しょうがねえなぁ~世界戦想定してやって見るか」
 沙也香(構えが違う。ガード上げやがったか)
 堺(さっきので目が覚めた様だな。基本の1、2から行けよ)

 ___シュシュッシュ

 龍一(これはジャブか、早いな。でも沙也香の動体視力と8の字ウィービングなら)
 沙也香(フッ、当たらないぜ)
 東出(くそっ、俺のジャブを躱す奴が居んのかよ)
 沙也香(よし、距離感掴めた。次のジャブにヘッドスリップして秘儀アルキメデスだぁ~)
 東出(これでも喰らえ、ジャブからのチョッピングライトだぁ)
 沙也香(モーションデカい、大ぶりだぁ。今だぁ~)

 ___ドコ~ン!

 東出「ぐぉぉぉ!!」
 堺「何~」
 沙也香(やったぁ~、入ったぁ~アルキメデス!)
 龍一「よし、決まった」

 最後は、沙也香の得意とするアルキメデス(中段の後ろ回し蹴り)が東出のボディに突き刺さったのだった。試合は1ラウンド2分20秒で沙也香に軍配が上がったのだった。カウンターで入ったので、流石の東出も立てなかったのだった。

 東出「負けたよ。沙也香ちゃん、君はアイドルなのにこんなに強いんだな。恐れ入ったぜ、全く」
 沙也香「当然だろ。元日本チャンプ、工藤龍一の娘だぜ。恐れ入ったか。あははは」
 堺「いや、全く爽快だったよ。東出ここでの事は内緒にしてやるとよ、感謝しろよ龍ちゃんによ」
 東出「龍一さん」
 龍一「何だい?チャンプ」
 東出「娘さんを僕に下さいよぉ~」
 龍一「お前」
 堺(いっ、いかん離脱せんと)
 沙也香「お父さん、『健康』じゃないの?えへへ」
 龍一「なんだ、『健康』って。ピキィピキィベキベキ」
 東出(駄目だ。この人、人を5億人殺めてそうな目だ)
 沙也香(私、離脱しま~す、後はお任せ♡)
 東出「何でもしますから。止めてぇ~、お父さ~ん、嫌ぁ~」