──ま

 ──くま

拓真(たくま)

 ぼやけた輪郭の中で、1人の少女が小さな切ない声で僕を呼んでいる。どこか懐かしい声、思い出せない声。でもその声を聞くと胸が苦しくなる。なぜだかは全く分からない。

 僕は彼女に手を伸ばす。

 届かない。触れない。それ以前に手を伸ばしているのかが分からない。そんな訳の分からない状況にイライラしてる所で目が覚めた。

 懐かしい……古びた木製の天井。規則正しく鳴る秒針の音。寝心地の悪いベット。

 ほんの微か、家の近くが賑わっていて、そういえば帰郷しているんだと僕は把握し、同時に今日が8月3日──この村特有の祭の日であることも把握した。

 ここに来て3日経つ。なぜか帰郷してから毎回この夢を見る。夢の内容ははっきりと覚えていない。でも夢の中では決まって同じ彼女が現れる。その彼女はいつも切なそうに、僕の名前を呼ぶ。

 ここの村に来るまでは長かった。都心から車で数時間。町の外れに位置する、時代に取り残された村だ。免許を取って一年経ち、大学一年生になった僕は、大学から与えられた一ヶ月と少しの夏休みに退屈を覚え、たまには母に顔を合わせるかと帰郷してきたのだ。

 少し外の空気を吸いたくなったので、そこらの服に着替え寝室を出た。リビングに出ると、お母さんが料理をしていた。

「あんた。いったい何時だと思ってるの? 都会に行ってる間に生活リズムが崩れたんじゃないの?」

 そういえばと僕は時計を見た。7時半……。これは本当に寝過ぎだ。

「そういえばあんた」

 そう放った母は、コンロの栓をカチンと切り、ポケットからゴソゴソと封筒のような物を取り出した。

「これ。あんた宛」
「僕宛?」

 誰からだろうか? 帰郷したばかりの僕に……。どうせなんかの勧誘だろう。

 そう思っていた。

「そういえば今日は8月3日の祭りの日ね。あんた家にいてばっかだし、少しは行ってみたら」
「そうだね」
「もしかしたら昔の友達に会えるかもよ?」

 友達……。みんな今頃何をしているのだろうか?

 僕は「それじゃ」と母に添えて、靴を履き外へ出た。

 やはりこの澄んだ空気の良さは田舎に限る。一息吸うだけで全ての細胞が活性化するようだ。目一杯息を吸い込んで僕は足を踏み出した。

「あや……と?」

 踏み出して間もない間に男に声をかけられた。

「えっと……もしかして、清人(きよと)?」
「おー、久しぶりだなぁ!」

 憶測だったが、当たったようだわ。四年とも離れている間に、人はこんなに変わるもんなのか……。

「お前急に都会行くとか言うからビックリしたぜ。みんな寂しがってたぞ?」
「あぁ、ごめん」
「やっぱりアレが原因か?」
「……」
「すまんすまん。変なこと聞いたな」

 少し気まづい空気が流れ、その空気を打破するように清人は「そうだ!」と顔を明るくさせた。

「今な、みんなで祭りを回ろうって話で待ち合わせをしてたんだ。お前も──」
「でも……」
「強制だ!」