いつの間にか、終礼までが終わっていた。
ザワザワとした喧騒で、ようやく今日が終わっていた事に気づく。
「ねぇさくら、今日は一緒に帰ろアイツ部活なんだって」
「あっ、あ~っ……ゴメン、今日は~ちょっと用事が……」
「用事?」
「うっ、うん……」
チラリと八島に視線を向けると、カバンを持って帰ろうとしているところだ。
「ゴメンっ……雪、ホントゴメン!」
私はカバンを掴むと、急いで八島の後を追った。
廊下を行く八島の背中が見え、それを追いかけようとした私は突然肩を叩かれた。
「冬月……!」
息をきらしている様子から、私の後を急いで追いかけて来たみたいだ。
「笹山?」
そこにいたのは笹山だった。
ちなみに笹山の私への好感度は95。
チョロ山は私に告白待ったなしといった雰囲気である。
「あっ、あのさ……良かったら今日、ゲーム一緒に……」
顔を微かに紅潮させた笹山は、早速放課後デートというイベントを仕掛けて来た。
『笹山とデートに行く?』
YESorNO
私には、今こんな感じのパネルが見える気がした。
答えは、申し訳ないがノーだ。
「ゴメン! 笹山、私今日は用事が……」
悩む間もない私の即返に、笹山はえっ? あっ? 等と戸惑っていたが、私はそんな笹山に背を向け再び八島の後を追いかける。
多分──
多分私が、昨日までの私だったら、ただの普通の女子高生ならこんな滅多に無いチャンスは棒に振らないと思う。
もしかしたら、笹山に告白されて明日には付き合っていたかもしれない。
でも、でも今の私は……
八島の測定不能とかいう、レアスキルが気になってしょうがないただのゲーマーとなっているのだ。
急いで階段を駆け下り、八島が向かったであろう昇降口へと急いだ。
キョロキョロと八島の姿を探していると……
「冬月さん」
自転車のサドルと同意義を表す、柊先輩が目の前にいた。
本日、三度目の登場である。
最早レア感も失われてしまい、彼がモンスターでボールをぶつけて仲間にするゲームにいたらもう無視するレベルまで、私の彼への気持ちは落ちていた。
そう、私の彼に対する気持ちは急下降していたのだが……
私は、あまりの事にしばらく呆然とソレを見つめ立ち尽くした。
先輩のステータスが更新されているのだ。
私への柊先輩からの好感度が恐ろしい事に、上がっている。
さっきトイレの前で会った時がどのくらいだったのか、今になっては知る由もないが、現在の彼の私への好感度は80だ。
異常と言っていい急上昇。
しかし、どう思い返しても私は先輩に失礼な事しかしていない。
一体、何がどうしてこうなってしまったのだろうか?
「さっきは……突然だったから驚かせちゃったよね……ごめん、それで良かったら」
一体どうして?
何故、先輩の私への好感度がこんなに短期間で上がったのだ?
私はまた怪訝な顔で先輩を見つめた。
すると──
私に不審者を見る様な視線で見つめられたであろう先輩は、瞳を潤ませ熱い吐息を零す。
もしかして……
先輩はマザコンでドM。
虐げられたい願望があるのだ、だが普段から先輩の周りにいる女子達は、いや男子すらも先輩には好意的な眼差しを向け、先輩は優しく接されているだろう。
つまり、今先輩は自分が以前から求めていた、冷たい視線にすっかり快感を得て……
そこまで考えて悪寒がして来た。
私には残念ながら、この先輩を満足させてあげられる様な性趣向は持ち合わせていない。
「あの……私……」
ココは丁寧に断ろう、そして優しく笑って見せれば先輩もきっと──
と、思ったところで私の視界には、下駄箱で既に上履きを履き替え玄関を出て行こうとする八島の姿が入った。
「ああっ! す、すみません!」
立ち去ろうとする私を、柊先輩が私の前で壁に手を付きココは通さないとばかりの多分そこらの女子ならみんな大好き壁ドンをして来たのだが、もう今の私にはそれはただの障害物でしかない。
「……前行かせて頂きます!」
「えっ!? まっ、待って! 冬月さんっ……ぐふっ!」
「ごめんなさい……今急いでるんです!」
柊先輩に思いっきりショルダータックルを食らわせて、なんとか無理矢理道を開ける事に成功した。
何せ、私は今レアキャラ八島とのルートに入る為必死なのだ。
四の五の言ってはいられない!
今まで自分で出した事の無いスピードで下駄箱へ向かい、靴を履き替えると脱兎の如く八島を追って玄関を出た。
八島の姿は見えない。
しかし、まだそんなに遠くへは行っていないハズだ。
自転車なら追いつけるだろう。
私は急いで、今朝置いた自分の自転車の場所へと向かい走った。
「あっ……」
自転車に駆け寄ろうとすると、少し離れた所に探していた人物を見つける。
八島だ。
八島もどうやら自転車通学だったらしい。
っていうか、そんな事すら全く知らなかった。
そして、追いかけて来たは良いモノの、どうしたら良いのかはまだ具体的に攻略チャートを作成出来ていなかった事にも気づく。
どうしよう……。
そうこうしているうちに、八島が自転車に乗って行ってしまいそうだ。
私は自分の自転車の鍵を手を伸ばし何とか外すと、かなり密集した自転車置き場から次は自転車を引っこ抜く作業に移ったのだが、コレがなかなか抜けない。
力を入れて思いっきり引っ張ると、隣の自転車がドミノ倒しの様に一気にバタバタバタ……っと倒れていってしまった。
「あぁぁっ……!?」
周囲の人の視線が私に突き刺さる。
最悪だ。
もう八島どころの騒ぎではない。
大きくため息を吐くと、覚悟を決めて倒れた自転車を起こしてゆく作業を開始した。
私が手始めに近くにあった自転車を起こそうとしていると……
「大丈夫……?」
自転車が突然軽くなった。
「……や、八島?」
そこにいたのは八島だった。
八島は軽々と私の起こそうとしていた自転車を起こして、その隣、またその隣と次々と倒れていた自転車達を起こしてゆく。
私もそれにならって自転車を元の位置へ戻し、すぐに自転車置き場は私が倒してしまった事がウソの様に整然とした元の状態に戻った。
「じゃっ……」
「あ、ありがとう……まっ、待って八島!」
そしてまた、すぐに立ち去ろうとする八島を私はようやく呼び止めた。
「何?」
「あのっ……おっ、お礼を」
「お礼? 今言ってくれた」
「で、でも……」
「いいよ別に……これくらい」
八島が行ってしまう。
何か……何かなかったっけ?
私はそこで昼にもらったクマパンの事を思い出す。
「あっ、そうだ! クマパン! パンのお礼!」
「パン……ああ、いいってそれも」
「だ、ダメ! パンのと今のと……両方……あるから」
ともかく、八島を引き止めようと必死になった。
何故ココまでしているのか、もうただのゲーマーとしてのプライドと好奇心だけと言ってしまえばそれだけなのだが、ステータスが見える事で八島がそんなに怖い人では無いのではないかという事もあったからだと思う。
「……じゃあ、アイス奢ってよ」
どうやら八島も私の押しに根負けしたみたいだった。
学校から自転車に乗ってやって来たのは、近くの何の変哲もないコンビニ。
八島はそこでソーダ味のアイスを二本選び、私の前に差し出してきた。
私は黙ってそれらを購入すると、ビニール袋ごと八島に渡す。
「ここでいい?」
袋を渡された八島は、コンビニ前に放置されている色褪せたベンチに腰をおろした。