八島颯──
強面の彼が何故かその顔には似合わない、クマの形をしたクマパンを持っていた。
ちなみにこのクマパンはウチの購買部でロングセラーの人気の菓子パンだ。
クマパンと聞くと可愛いクマさんの顔したのを思い浮かべてしまうが、予想に反しクマが何故か鮭を咥えた姿を表した中身は普通のチョコパンだ。
「……コレ……やるよ」
そう言って、私の顔の前にクマパンを突き出す。
「えっ? で、でも……」
「やる……」
反射的にそれを受け取った。
「あっ、お金……」
急いでカバンから財布を取り出し、小銭を取り出そうとした時にはもう彼の姿は無かった。
「…………八島」
クラスで怖い存在、でも本当は優しい……?
(パンもらったし)とか……ちょっと不良っぽいキャラとかゲームの中では結構な人気キャラだし……
ぶっちゃけた話、顔はなかなかのイケメンだ。
もちろん、普段の私なら絶対にお近づきになりたくない存在だが、今の私にとってはただのゲームの中の攻略対象。
そう思えば八島もただの不良属性キャラだ。
私は早速、クラス内を見回し八島の姿を探した。
八島は自分の席で一人黙々とパンを食べている。
「八島」
私は彼の机の前に立った。
「何?」
「あっ……えっと、さっきのパンのお金……いくらだった?」
ただの攻略対象……いや、前言撤回。
やっぱりちょっと、ううん……結構怖い。
「いい、いらない」
「えっ? でも……」
怖くて視線をならべく背けていたが、勇気を振り絞って八島の顔を見つめた。
名前:八島 颯(ヤシマソウ)
年齢:17歳
職業:学生
容姿:78
性格:85
モテ値:68
好感度:測定不可
「はぁっ!?」
私は大声で思わず叫んでしまった。
クラスの視線が一気に私に集中する。
どういう事なのだろう?
測定不可?
測定出来ない、数値化出来ないという事だろうか?
「……それ、購買のおばさんにおまけでもらったヤツだから」
「えっ? あっ、あーそう……そうなんだ……あっ、ありがとう……」
私はみんなの視線から逃げるように、八島から離れた。
正確には大切な攻略ヒントになり得るステータスの項目、全てをチェックしてから離れた。
八島のそれ以外のデータはこうだ……
趣味:映画鑑賞・読書
特技:絵を描く
好みのタイプ:真面目な人
私は一瞬、別の誰かのステータスを見てしまったのかと思った。
だが、※の要注意するべき項目には空手の初段である事と、ケンカで負けた事が無いという記載があったのでそこでようやく八島だと確証が持てた。
そして、八島には更に今までには無かった、【注】というマークが付いていた。
そこには
【注】コミュニケーションが下手で人が苦手
と、まるで犬や猫、にんじんやピーマンが苦手みたいなノリで記載がされている。
つまり、八島のアノ人を近づけ無いオーラは人が苦手だというトコからの所存なのか?
まあ、確かに無愛想ではあるから、コミュニケーションが上手いとはお世辞にも言えないけれど……。
でも、ステータスを見た限りでは思っていた様な怖い人ではないみたいだ。
私は、八島と仲良くなりこのゲームを攻略しようと改めて思った。
断っておくが、私は八島が元々好きだったワケではない。
コレは私のゲーマーとして、ただ高みへ挑戦してみたいという変なプライドがそうさせるだけだ。
まあ、顔はハッキリ言うとどちらかと言えば笹山よりタイプではあるが……
「ちょっと~、さくらアンタ何してんのよ!?」
席に戻ると雪が不安そうな顔をして、私に耳打ちして来た。
「何って?」
「そんなもんタダでもらって大丈夫? てっきり返しに行くのかと思ったのに……」
「あっ……あぁ、うっ、うん平気平気」
愛想笑いをして、クマパンに齧り付いた。
とりあえず、八島の好みのタイプから攻めてみよう。
目の前にいる雪の彼氏のグチをBGMに、私は頭の中で八島の攻略方法を考えていた。
昼食もそこそこに、カバンの中から秘密道具を取り出す。
それを持って向かったのは女子トイレだった。
洗面所の前で取り出したのは、秘密道具のメガネだ。
とは言っても、何か特別な事がコレで出来るワケではない。
コンタクトの代替に持って来ているだけの、なんの変哲もない黒縁のメガネ。
まずは見た目から入る!
八島のタイプ
<真面目な人>
真面目と言えば、メガネ……というめっちゃ浅はかな考えだが、形からとりあえずは好みに近づいてみよう。
──だが、ココで大きな問題が起きた。
なんの気なしにコンタクトを外し、メガネをかけてトイレから出ると、私は急激な違和感に襲われた。
「あれっ……?」
おかしい。
さっきまで、さっきまで見えていたモノが……視界に映るモノが普通なのだ。
確かに、トイレに入るまでは行き交う男子生徒には全てステータスアイコンが見えた。
だが、今は……
「何も……見えない……?」
呆然と立ち尽くす私の目の前に、先程見たばかりの端正なルックスがいきなり声を掛けてきた。
「冬月……さん」
そう、それは、つい20分くらい前までは私が世界で一番好きだった柊先輩。
今は恐らく、私の好きなモノランキング! の中で自転車のサドルと同ランクくらいにまで下降してしまったが……
「コレ、さっき渡し忘れて」
自転車のサドルいや、柊先輩はそう言って私にプリントを何枚か差し出して来た。
見るとそれは、実行委員に用意されていたものの様だ。
「さっきは何か僕、君の気に触る事しちゃったかな?」
そう言って柊先輩は長いまつ毛に縁取られた、大きな瞳をうるうると子犬の様に向けて来る。
だが、今の私はそれどころじゃない。
さっきまでしっかりハッキリと見えていた、アノ便利なステータスが急に見えなくなってしまったのだから。
目の前の先輩をジーっと見つめた。
見えない。
目を凝らし、目を細め、まるで合わない老眼鏡を掛けたおばあちゃんの様に、柊先輩にしばらくガンを飛ばした。
やはり何も見えない。
「ふ、冬月……さん?」
先輩の問いかけを無視し、今度はメガネを上げ下げしてみる。
そこで、ようやく気付いた。
さっきと今、自分が何が違うのか……
「……コンタクト!?」
ハッとなり私は先輩の手から奪う様にプリントだけ奪うと、軽く会釈だけしてもう一度女子トイレの中へと入った。
後ろで私の名前を呼び、何とか引き止め様とする柊先輩の声などは一切無視して。
もう一度、さっきのコンタクトを入れてみた。
そしてわかった事がある、ステータスアイコンが見えるのはこのコンタクトレンズのせいなのだと。
確か、コレは……
いつも使っているレンズではなく、昨日のポストに入っていた新商品のサンプルだとかいう……
午後の授業がはじまり、再びコンタクトレンズを装着した私はゆっくりと、静かに授業を受けているクラスの中を見回した。
男子生徒にはもれなくステータスアイコンが表示されている。
しかし詳しいステータスについては、一人一人目の前に行き会話をしないと確認出来ない仕様の様だ。
私はふと、八島の方に視線を向けてみた。
見た目でアプローチ出来ないのなら……
午後の授業中、私はずっと八島の攻略方法を考えていた。