ようやく昼休みを告げるチャイムが鳴った。

私はお弁当を持って私の席へと移動して来た雪に、ちょっと用事があるから行って来ると伝えると急いで先輩のいる階へと向かった。

私のいる一年の教室は3階、三年生である先輩の教室は1階にある。

『急ごう!』

勢い良く廊下に出て階段へ、たがいざ降りようとした時。

「おいっ、冬月!」

後ろから急に声をかけられた。

振り返るとそこには……

先程、目が合って気まずい思いをした笹山がいた。

「冬月オマエ、実行委員の集まり忘れてるだろ?」

「……実行……委員…………」

そうだ!
すっかり忘れていた。

私はこの前、運悪くくじ引きで体育祭の各クラスの実行委員とかいうクソ面倒で誰もやりたがらない委員にこの笹山と一緒に決まってしまったのだ……。

「昼休み、視聴覚室にプログラム取りに来いって言われてたろ?」

「そうでした……」

不運だ。

せっかくこんな、願ってもいないチャンスを手に入れたというのに……。

「とっとと行かないと、昼飯食う時間なくなる」

そうだ!
別にとっとと行って、それから先輩の教室を覗きに行っても遅くはない。

「うん! 早く行こうっ」

私は早足で視聴覚室へと歩き出した。

「あっ? ああ……」

私の急な態度の変化に戸惑いながら、笹山は慌てて後ろを着いて来る。

視聴覚室は1階の一番奧の教室だから、帰りに先輩の教室に行けば都合も良い。

私がズンズンと前を脇目も振らずに歩いていると、笹山が話しかけて来た。

「あのさ、冬月……朝、オレの事……見てなかった?」

「えっ?」

私はアノ、朝の雪に説明しようとして笹山と目が合ってしまった事を思い出した。

「なっ、何が? 見てないし……」

「いや、でもさ……」

「ほ、ホントに見てないよ」

私は立ち止まり、笹山の方を向いた。
そこで改めて笹山のステータスを見る事が出来たのだが……

名前:笹山樹(ササヤマイツキ)
年齢:17歳
職業:学生
容姿:80
性格:78
モテ値:60
好感度:75

笹山の私への好感度……なんか異様に高くないか?
ほとんど話した事も無いのに……、えっ? まさか私の見た目が好みとか?
そのまま下の方の表示に視線を落としてみる。

趣味:ゲーム(女性向け恋愛ゲームを好む)
特技:ゲーム
好みのタイプ:一緒にいて楽しい

「えっ…………?」

私はそこに表示されていた、笹山の趣味の欄のところで思わず声を上げていた。

「何? どうかした?」

笹山が動揺する私を不思議そうに見てきた。
多分、私も不思議そうな顔で笹山を見てしまっていたと思う。

「あっ……うっ、ううん……」

私は必死に首を左右に振った。

笹山のステータスには更に欄外のコメントがあり、私はそれにまた釘付けになる。

※彼女いない歴 年齢

正直に言って驚いた。

もちろん趣味にも驚いたが、こんなにチャラチャラした見た目でウチのクラスの中ではカナリのイケメン。
いつも女子に囲まれているイメージの笹山が、彼女がいた事が無いとは……コレは何かの間違いじゃないのだろうか?

「あっ、あのさ……冬月、オマエ……それさ」

そんな笹山が口を開いたかと思えば、私の制服のポケットからひょっこり出ているヤハヌーン王子の石油王バージョンストラップを指さした。

「それ……ヤハヌーン王子の限定の……だろ?」

そう、しかもこのストラップは完全予約生産の特装版BOX入り公式設定資料集にだけ付いて来た、今となってはレア物なのだ。

「そう……だけど……」

「ああーっ!! やっぱそうだよな~……いいな~オレさ、まだそれの予約受付の時期はそのゲームハマって無くて……あっ、良かったらフレンド申請してもいいか? オレまだランク低いんだけど……今のイベント、フレンド数がもの言うってとこもあるし」

と、突然人が変わったかの様に笹山は話し始めた。

「あっ、てかっ、突然ゴメン……そのオレも好きなんだよ……そのゲーム」

まあ、たまに私も男性向けの恋愛シミュレーションゲームはプレイするから、別におかしな話しではないのだが、だが……

笹山とこのゲームが私には全く結び付かない。
正直、笹山みたいな人がこっち側の人間とは到底思えない。

「ホントは、もっと前から話しかけたかったんだけど……冬月ってオレの事嫌いみたいだったから」

嫌いというよりも、住む世界が違うと言った方が正しいだろう。
ハッキリ言えば相容れないと思っていた。

「あのさ、実はこの前……冬月に携帯拾ってもらったの覚えてる?」

「携帯……」

それは確か、一昨日の時の事だったと思う。

今日の様に笹山と二人で実行委員の用事で呼び出されて各クラスで集まっていた、隣にいた笹山の携帯が落ちたので私が拾った。

ただ、それだけの話しなのだが……

「あん時さ、オレゲーム画面開いたままだったんだよね……だから冬月気付いてるのかなって思って……」

────いやいや、ぜんぜんっ気付いてない!

「だから、その……オレの事見てたのかな? って思ってたんだけど……」

笹山を見ていたのは全く違う理由なのだが……

しかし、そんな事説明しても信じてはもらえないだろうし……私自信も未だ信じられないし……。

「あっ、いやそれは違う! あのね、笹山を見てたんじゃなくってその……アレ! 教室の扉の建付けが最近悪いよね~って話ししてて……」

無理矢理誤魔化した。
笹山もそれ以上は突っ込んで来なかったので、とりあえずヨシとしよう。

「あっ! そ、それよりふ、フレンドだよね? い、いいよゲームID教えて」

「やった! うん」

こんな笑顔が眩しい笹山を、私は初めて見た。
思えば教室では、住む世界が違うからとわざと視線を背けて来て、ちゃんと笹山と向き合ったのはコレが初めてだ。

元々、見た目は結構良い方だからそれがこんなに人懐っこい笑顔をして来たら……私の心臓は突然バクバクし出す。

いやいや、私には柊先輩という心に決めた人がいるのだ!

「オレさ、前からこうして誰かとゲームの話ししてみたかったんだよな」

そう言って照れ臭そうに微笑む。
ダメだダメ! いっくら笹山が趣味が合って、思っていたより良い人そうでも……ちょっと良いかも? とか思っちゃダメ。

「ネットで知り合った、同じ恋愛シミュレーションゲーム好きな仲間とかとはたまに話すけど……学校で、しかも同じクラスにまさか仲間がいるなんて思わなかった」

タガが外れた様に笹山は話し出していた。
私はそんな彼のいつもとは違うギャップに、やはり少しだけ心が揺らいだ。

気が付けば私達は視聴覚室に着いていたし、笹山の私への好感度も一気に90とかいう記録的数字を叩き出している。

驚く事は重なるもので、目の前の扉を開けた瞬間私は更なる驚くモノ、いや驚く人に遭遇した。

『ひっ、柊先輩……!?』

視聴覚室の前方にある教卓には、私が今一番会いたいと思っていた人物、柊先輩の姿があった。

先輩は実行委員ではないはずだ、どうしてここに?
疑問はすぐに解決した。

「生徒会で今回の体育祭のプログラムの最終調整をしました、クラス実行委員は順番に人数分ここから持っていって下さい」

柊先輩の隣に立つ生徒会役員の女生徒が、テキパキと先に来ていた他の実行委員を並ばせている。

愛しの柊先輩は、生徒会役員なのだ。