「じゃ、さくら私今日は彼とカラオケ行く約束してるから先帰るね」

放課後──

「んっ……また明日……」

私の返事を聞いたか聞いてないか、雪はさっさと小一時間前まで愚痴のオンパレードだった彼氏に会う為に教室を急いで出て行った。

ふと、教室内に視線を移せば、さっき雪が私にオススメして来た二人の男子生徒が目に入る。

笹山はしょっちゅう先生に注意されている金に近いくらいの薄茶の髪を耳にかけ、こりゃまたチャラさを増幅させるシルバーのピアスを見せながら、女子と楽しそうに話している。

八島は今日は日直だったから、日誌と先程集めていたノートをまとめているところだ。

ん? いや、なんかイメージが合わないな。
彼はみんなが言うにはThe・不良少年なんじゃないの?

不良少年が日誌やノートを先生に言われて、真面目にまとめ持って行こうとするか?

そういえば、私のプリントも普通に持って来てくれてたし……アレ?

彼が不良ならそんなんやってられっかよ~っ! て、ノートとかプリントなんてビリビリに破いて先生にぶちまけ、突然バイクを盗んで走り出してからの成人式では大暴れ。

もしくは日誌に油性のマジックで愛羅武勇とか読めない漢字を殴り書きして……それで夜になったら校舎の窓ガラスを全部割って、やっぱり成人式では大暴れ……。

………………

私の不良のイメージがくだらな過ぎて泣けて来た。

まあ、私には関係ない。

少なくとも二人と付き合おうとか思った事も無ければ、これから思う事もないだろう。


「ふぅっ……」

私はゆっくり自分の席から立ち上がり、掃除が始まった教室を雪とは対照的にゆっくりと後にした。



学校から自転車をこいで15分、途中コンビニに寄ったから20分、私は自宅の前に到着すると自転車を玄関前に停めた。

今日は課題も無かったから、あとはもうずーっとヤハヌーン王子とラクダを追うのに専念するのだ。

カバンから鍵を取り出して、そこで私はあるモノに気付いた。

郵便ポストの中に無造作に突っ込まれた茶色いダンボール、気になって取り出してみると宛先は私宛になっている。

「なんか買ったっけ……?」

この前ママゾンで買ったゲームイベントの円盤はとっくに届いている。

アレは良かった、ヤハヌーン王子の声帯が生歌を披露してマジ尊かった。

他に何か購入した? だが、特にそんな記憶は無い。

送り主を見てみると、なんて事はないいつもコンタクトを買っているショップからだった。

「あれ? この前来たばっかじゃ……」

定期購入をしているレンズは先週届いたばかりなのだが……少し不思議に思いながら私はそれを持って自宅へと入った。

自室に入ると着替えもそこそこにゲームを開く。

「よーし、今日は夕飯まで周回しよー」

そうして、数時間はゲームに没頭した。

「……ヨシっ! スチルゲットー!」

そう叫んだ時には、部屋の中は既に真っ暗になっていた。

「ヤバっ、もうこんな時間!? お母さん帰って来ちゃう」

急いで部屋の電気を付け、部屋着に着替えようと立ち上がった時、何か固い箱みたいなモノが爪先に当たった。

「あっ、そういえば……」

私宛の荷物、中身をまだ確認していなかった。
私は箱を拾い上げ、ビリビリとガムテープを剥がしてそいつを開いてみる。

「んっ? コレは……」

中に入っていたのは白い封筒、そして、いつも私が頼んでいるのと同じメーカー同じタイプの2ウィーク用コンタクトレンズが1セット。

封筒の中を確認すると、手紙が一通入っていた。

『冬月さくら様 いつも当店をご利用頂きありがとうございます。 こちらのコンタクトレンズは特別なお客様だけに当社からプレゼントさせて頂いております。いつもお使い頂いているメーカーの新商品になります。よろしければお試し下さい』

「新商品……ねぇ……」

そうは書かれていても、いつも使っているのと何も変わっていない。
パッケージも何も特に新しくなった所は見受けられない。

「着け心地が違うとかかな?」

まあ、ちょっと得した気分。
それ以上は特にその時、ソレに付いて気になる様な事は何も無かった。

夕飯を食べた後もしばらくはゲームをして、お風呂に入った後もまたゲームに没頭。

布団に入ったのは深夜も深夜、カナリ深い時間。
まあ、そんな日はここ最近は珍しく無い。



そして──
朝になり、目覚ましのスムーズはもう何度鳴ったかわからない。

お母さんの声も遠くに聞こえていた。

今は……何時?

ガバっ! とベッドから起き上がり、スマホを確認する。

「ひぃっ!?」

それは本来ならば、私が玄関を出て行かなければいけない時間。
つまり……

「遅刻──っ!!」

とりあえず髪を整え、制服を着る。
それから……コンタクト!
急いでいた私は目の前に置かれていた、昨日のレンズのパックを握りしめる。

バタバタと階段を駆け下り、そのまま洗面所に直行、顔を洗うとさっき手にしたコンタクトを装着。

お母さんはもう家を出てしまったみたいだ、今度は洗面所からキッチンに移動し、用意されていた朝食の中で唯一、この状況でも摂取出来そうな野菜ジュースを一気に飲み干した。

そして誰もいない家の中で「いってきます」と言うと、ローファーに足を捩じ込んで玄関を開ける。

ちなみに……お父さんは我が家にはいない。

あっ、重たい話ではない。
ただ今単身赴任中。
たまに『お昼に食べたラーメン』の写真付きメッセが来たりはするが、まあスタンプで返事して終わるくらいの会話をしている。

昨日乗って帰って来た自転車に再び乗ると、それはもう必死でペダルを漕いだ。

今までこんなに一生懸命、自転車に乗った事が果たして私の人生に会っただろうか?

もうホント、自分が競輪選手なのではないかと錯覚するくらい私は学校に向かって自転車で走った。

しかし、学校までの道は競輪場の様に走る為だけのモノでは残念ながら無い。

私はすぐに、今一番の敵と言ってもいい障害物、信号に行く手を阻まれてしまったのだ。

ひたすら神に信号が変わるのを願っていると、ふと横にいるサラリーマンの人に目が行った。

普通の、特に目立つ特徴も無いスーツ姿の男性。

だが──

男性の周りには何やら不思議な、文字というか文章……
んっ? えっ、いや、コレって……

ステータスアイコン?

わかりやすく表現するのなら(あっ、でもゲームしない人にはなんの事やらかも)でも、ともかくそんな感じのものが浮き出ている。

思わずキョロキョロと周囲を見回した。

サラリーマンの男性の隣には、小学生くらいの女の子。それと、その子のお母さんらしき人。

私のすぐ後ろには、おばあさん。

その三人にはこのステータスは見えない。

私はもう一度、男性の方を見た。

名前:鈴木 勝也(スズキカツヤ)
年齢:28歳
職業:会社員(保険営業)
容姿:50
性格:60
モテ値:40
好感度:10

『何……コレ……?』

私がじーっと男性を見ていたから、男性も私の視線に気づいてしまった。

すぐにサッと視線を逸らした。

『えっ? 何コレ? 私、ゲームやりすぎて変なモノが見える様に……?』

よくわからない現象にぶち当たり、私の思考はぐるぐると回る。