二日前──
『オレと……付き合ってくれ……』
私は、異国の王子様から告白を受けていた。
もちろん現実ではない、ゲームの中でだ。
現実の私は昼休みの教室でパンをかじりながらスマホをタップしている。
「ねぇ、さくら~聞いてる?」
「聞いてるよ~……」
「それでね、私がちょっと待ち合わせ遅刻したら未だにそれ根に持ってるし~、この前なんかちょっとメッセの返信遅れただけで機嫌悪くなって~……」
「ふーん……そりゃ大変だね~……」
そう言って目の前でブツブツとさっきから文句ばかりの親友、藤田雪(フジタユキ)との会話をしつつ、スマホ内で大恋愛の最中だった。
「ね~、さくらは? さくらは彼氏作らないの?
」
雪の質問に思わず顔を上げる。
「いるよ! 彼氏、ほらっ」
そう言ってスマホの画面に映る、超絶イケメンなヤハヌーン王子の笑顔を雪に見せ付けた。
ちなみに、ヤハヌーン王子は石油王の息子で遺産争いから国外逃亡し、日本の普通の高校に純日本人のフリをして通学しているという、無茶ぶり設定満載のキャラだ。
「……そうじゃなくて! 三次元の! リアルの彼氏!!」
「リアル……」
「そう、リアル!」
「リアルなんてクソだし……」
私は再びヤハヌーン王子のいる画面へと意識を戻した。
「もうっ、またそんな事言う~……ねぇ、彼氏作ろうよ~」
「雪の話聞いてるだけで、リアルはクソだなって思うもん」
「え~っ……そんな~、絶対彼氏作った方が楽しいって~」
さっきまで、あれほどその彼氏とかいう存在の悪口を言っていたヤツとは思えない口ぶりだ。
「さくらに彼氏がいたらさ、4人で遊びにだって行けるしさー……あっ! 誰か紹介しようか!? 彼の友達に彼女欲しいって言ってる子がいるって……」
「雪、いいからそういうの」
私は一人盛り上がっている雪を制して、スマホを机に置いた。
「いい? 雪、よく聞いて……そういうなんとな~く誰でもいいからとりあえず付き合ってみました~みたいなの、私一番嫌いだから」
「でもさ、もしかしたらそこから恋愛が始まる! とかもあるかもしんないじゃん!?」
「ない!」
「さくら……あんたもしかして……」
雪は私の顔をじっと見つめる。
「まだ、柊先輩とかいう夢見てるとか!?」
「………………っ!?」
「やっぱり……もー無理だってばアノリアル王子はっ!?」
「……無理……かどうかはわからないじゃん」
「はぁっ……容姿端麗で学年テストもいつも上位、さらに運動神経抜群でおまけに品行方正で生徒会長とかいう漫画から抜け出て来たみたいな柊先輩だよ?」
「…………うっ」
私は思わず口篭る。
そりゃあ無理だと、可能性はミリ無い事は私が一番わかっている。
でも……
でも私は妥協して誰かと付き合うとかは、絶対
無理。
「もっと現実的にさ~……」
雪はぐるりとクラスの中を見回した。
「……笹山君とかは? 」
確かに笹山樹(ささやまいつき)はウチのクラスだとイケメンの部類に入るけれど、チャラついていて私の好みではない。
「チャラいの無理」
「じゃあ……」
雪がまたクラスを見回そうとした時、一人の男子生徒が私の方に向かって来た。
「冬月」
冬月というのは私の苗字だ。
「これ」
白い紙を差し出される。
この仏頂面で全く愛想のない彼は八島颯(やじまそう)という同じクラスの男子生徒だ。
私は彼と中学も一緒だったのだが、昔から彼はクラスでちょっと浮いているというか、怖がられている存在だった。
ケンカを売ったり買ったりしてるとか、悪い仲間とつるんでるとか良い噂を聞かない。
「……八島君は?」
コソっと雪が私に耳打ちして来た。
「バカ」っと私は小声で言って雪を肘で小突く。
受け取った紙を確認する。
もちろんそんな彼から、私がラブレターをもらうなんて事は無い。
ただの先生から再提出を要求された課題のプリント。
彼がたまたま今日の日直だったから、私に渡すよう頼まれたのだろう。
しかし、八島君には少しだけドキドキした。
恋愛のドキドキではない、単に怖いモノに接した時のドキドキだけど……。
「もう、さくらは理想高すぎなんだよ~」
「だって……」
私はスマホ画面を見つめた。
ココにはこんなに完璧で素敵な人がいる。
私に微笑みかける、褐色の肌の異国のイケメンさらに石油王の息子。
しかも今は『ヤハヌーンとラクダを追え!』のイベントの真っ最中、ゲーム内通貨のダイヤを使って王子の特別スチル画像が見れるのだ。
「ごめん……今イベント中だった……」
私は雪を無視してスマホをいじる作業に集中した。
「も~っ……」
これがいつものやり取り、そう私は多分こうしてリアルな恋愛とは縁遠いままでいるものなのだと、この時までは思っていた。